音楽専門学校を出て路上ライブで生きるまで
音楽専門学校で技術を学び、卒業後は就職せず、路上ライブを生活の中心にする。そんな進路は、安定から遠く見えるかもしれない。けれど、歌う場所を自分でつくり、投げ銭や出演料、音源販売を積み重ねながら暮らす人もいる。 280331 Win Rate Keno.
今回話を聞いたのは、都内を中心に活動するシンガーソングライターの河野蓮さん。専門学校でボーカルと作曲を学んだ後、音楽会社や一般企業には入らず、駅前や商業施設の近くで演奏を続けている。華やかな成功談ではなく、迷い、現実的な工夫、そして「この生活を選んだ理由」を聞いた。 About.
音楽を学ぶために専門学校へ
河野さんが音楽専門学校に進学したのは、高校時代に始めた弾き語りを仕事にしたかったからだ。独学でも曲は作れたが、発声やコード進行を体系的に学び、同じ目標を持つ仲間と出会える環境に魅力を感じたという。
授業ではボーカルトレーニング、作詞作曲、DTM、ライブ実習を受けた。ステージでの立ち位置やマイクの使い方、リハーサルの進め方まで経験できたことは、卒業後の活動に直結している。一方で、学校に通えば自動的にデビューできるわけではない。技術を身につける場所と、仕事を得る場所は別だと、在学中から感じていた。
同級生には、バンドを組む人、音響会社を目指す人、講師になる人がいた。価値観の違う仲間と制作する難しさについては、音楽ジャンルこそ異なるが、異なる美意識との協働にも通じるものがある。河野さんは「自分の正解を押し通すだけでは、曲も人間関係も続かない」と振り返る。
就職しないと決めた瞬間
卒業前には、音楽出版社やライブハウスの求人を調べた。裏方の仕事にも関心はあったが、勤務時間が長く、自分の楽曲制作やライブ活動に割ける時間が少なくなることが気になった。一般企業への就職も考えたものの、数年後に音楽へ戻れる保証はない。
決断のきっかけは、在学中に始めた路上ライブだった。最初は足を止める人がほとんどいなかったが、同じ場所で定期的に演奏すると、顔を覚えてくれる人が現れた。演奏後に感想をもらい、SNSをフォローしてもらい、次のライブに来てもらう。その小さな循環に、河野さんは音楽活動が仕事になる可能性を見た。
ただし、就職しないことを家族に伝えたときは反対された。「好きなことを続けるなら、生活費をどうするのか」と聞かれ、答えに詰まったという。そこで、半年間だけ本気で試し、収入と活動実績を記録することにした。夢を語るだけでなく、期限と数字を置いたことが、家族の理解につながった。
路上ライブの一日
現在の活動日は、昼過ぎに起きてすぐ演奏へ向かう形ではない。午前中に発声練習と作曲、午後に動画編集や連絡、夕方から路上ライブという流れが多い。天候や許可条件によって場所を変えるため、毎日が同じスケジュールになるわけではない。
演奏場所では、通行の妨げにならない立ち位置を選び、音量にも気を配る。警察や施設管理者から移動を求められた場合は、言い争わずに従う。路上は誰でも使える舞台ではなく、地域の人が生活する空間でもあるからだ。近隣への配慮を欠くと、活動そのものが続けられなくなる。
一回の演奏は一時間から二時間ほど。人通りが多い時間帯でも、立ち止まってくれる人は一割にも満たない。それでも、反応の良かった曲や時間帯をメモし、次の選曲に反映する。感覚だけに頼らず、簡単な活動記録をつけることが、継続の支えになっている。
投げ銭だけに頼らない収入設計
路上ライブの収入は、日によって大きく変わる。数千円入る日もあれば、交通費と食費でほとんど残らない日もある。雨で中止になれば収入はゼロだ。河野さんは、投げ銭を「給料」と考えるのではなく、活動全体への支援の一部として捉えている。
生活を安定させるため、楽曲提供、結婚式やイベントでの演奏、ボーカル指導、動画用BGMの制作も請け負う。路上で出会った人から依頼につながることもあるが、料金、納期、修正回数は事前に決める。好意だけで仕事を受けると、制作時間が膨らみ、活動が続かなくなるためだ。
収入源を分けると、次のような形になる。
- 路上ライブでの投げ銭と音源販売
- 小規模イベントやバーでの出演料
- 作詞作曲、編曲、BGM制作の依頼
- 初心者向けのボーカルレッスン
- 動画配信やファン向け会員サービス
それでも月ごとの変動は大きい。家賃の低い部屋に住み、機材費を必要経費として管理し、売上が多い月に生活防衛資金を確保する。音楽一本で食べるという言葉の裏側には、派手さよりも地道な家計管理がある。
聴いてくれる人との関係
路上ライブでは、観客は最初からファンではない。急いで駅へ向かう人、買い物帰りの人、偶然足を止めた人に、数分だけ耳を預けてもらう。その短い時間で何を届けるかを考え、曲の前に長い自己紹介をしない、音量を上げすぎないなど、聴く側の負担を減らしている。
演奏後に名前を覚えてもらい、SNSで次の出演場所を知らせる。ライブ配信では見えない反応が、路上では直接返ってくる。歌詞の一節について話しかけられたり、「今日は仕事で失敗したけれど少し元気になった」と伝えられたりする経験が、曲を書く動機にもなっている。
一方で、好意的な反応ばかりではない。騒音だと注意されることもあり、演奏技術への厳しい意見を受ける場合もある。河野さんは、すべてを肯定的に受け止めようとはしない。改善に役立つ指摘と、ただ傷つけるための言葉を分け、必要以上に引きずらないようにしている。
続けるために手放したもの
音楽活動を優先した結果、友人と予定を合わせにくくなった。週末に演奏が入るため、飲み会や旅行を断ることもある。収入が安定しないことで、将来の住まいや家族との生活を考えると不安になる。自由に見える生活にも、選ばなかった可能性への迷いは残る。
また、路上ライブは体力を使う。重いスピーカーやギターを運び、冬の寒さや夏の暑さのなかで歌う。喉の調子を崩せば、数日間活動できない。そこで、睡眠時間を削って練習するのではなく、発声前の準備、休養、機材の軽量化を優先するようになった。
続けるうえで、河野さんが意識していることは次の通りだ。
- 生活費と活動費の口座を分ける
- 月ごとの売上と経費を記録する
- 演奏場所のルールと近隣環境を確認する
- SNSで予定変更や活動実績をこまめに伝える
- 体調不良を根性で押し切らず休む
路上で食べていくことは、自由な時間を増やすことと同義ではない。演奏、営業、制作、会計、広報を自分で担うため、会社員とは別の忙しさがある。
自分の選択を現実にする
河野さんは、音楽専門学校に通った経験を「就職しなかった理由」ではなく、「自分で仕事を作るための土台」と話す。学んだ技術だけでなく、ライブの準備、他者との協働、現場での礼儀を身につけたことが、今の活動を支えている。
音楽で生きる道に、決まった正解はない。会社に所属して安定した制作環境を得る人もいれば、複数の仕事を組み合わせながら表現を続ける人もいる。路上ライブを選ぶなら、夢の大きさだけで判断せず、収入、体調、場所のルール、数年後の暮らしまで具体的に考える必要がある。
河野さんが最後に語ったのは、「続けることを目的にしない」という言葉だった。歌を届けたい相手がいて、そのために今日の収支と明日の予定を整える。路上で音楽を続ける現実的な一歩は、好きな曲を一曲仕上げ、演奏場所の規則を確認し、使ったお金と得た収入をその日のうちに記録することから始まる。