体育会系のノリに合えなかった私が、新しい居場所を見つけるまで
大学の春、新しい環境に馴染むためにサークルに入った。先輩が口々に「体育会系のサークルは絆が深い」と言うのを耳にし、自分もその輪に入れば安心できる居場所が手に入るはずだと信じていた。初めて参加したオリエンテーションで交わされる大声の挨拶と、ビールジョンが次々と空になっていく光景を見た時、自分の肌に合わないかもしれないという予感はすでにあった。
それでも一度入ったら慣れるはずだと自分を励まし、合宿や飲み会に何度も足を運んだ。何とか馴染もうとする日々はしばらく続いたものの、週末の予定を見るだけで胃のあたりが重くなる感覚は消えることがなかった。辞めると決めた後、目の前に広がったのは何もない空白の時間だけ。「次はどこに行けばいいのか」―その問いを抱えたまま、私はしばらく彷徨うことになる。
辞めると決めた夜の気持ち
辞表を出すまでには、実際には長い逡巡の時間が流れていた。毎月の飲み会、合宿、追いコンパ、活動後の二次会。LINEグループでは深夜まで雑談が続き、先輩からの呼び出し通知が止まない日々が、自分の日常を侵食していった。自分だけがそのノリについていけないことが、まるで居場所から静かに排除されていくような感覚にすらなっていた。
ある時ついに、先輩に「辞めさせてください」と伝えた。グループの通知をまとめてミュートにした夜、指が震えるほどの罪悪感が押し寄せた。「仲間から抜けることで迷惑をかける」「自分だけ楽になるようでずるい」―そんな言葉が頭のなかで何度も再生された。それでもあの夜、自分の輪郭が保てなくなっていく恐怖のほうがずっと大きかったことを覚えている。
振り返ると、あの夜の正体は逃げではなく、自分らしい輪郭を守るための決断だったのだと今は思う。あの経験があったからこそ、今の自分の輪郭がある。
空白の時間が教えてくれたこと
実際にサークルを辞めてみると、自由は舞い降りてきたが、同時に寂しさも同居していた。週末になっても何の予定もない朝、友人たちが活動報告をSNSに上げるのを見るたびに、胸の奥がちくりと痛んだ。「自分はどこにも属していない」という感覚が、朝の目覚めとともに繰り返しやってくる。
しかしその空白の時間は、自分自身を見つめ直す貴重な期間でもあった。サークルにいた頃の私は、場のノリに合わせ続ける自分を演じていたことに思い至った。何が心地いいのか、何を大切にしたいのか―そうした問いに、正面から向き合う時間がようやく持てた。
空白を埋めるように、私はふらっと立ち寄ったカフェや、学内で開催される小さな勉強会に顔を出すようになった。大規模な組織に属さなくても、小さな接点があれば十分に日々は成り立つ。そう気づくまでに、それほど時間はかからなかった。
小さなコミュニティとの出会いが変えた視点
転機になったのは、知人の紹介で参加した小さな読書会だった。毎月数人が集い、お茶を飲みながら自由に本の感想を語り合うだけの集まり。そこには上下関係も、飲み会の強制もなく、議論が苦手な私でも心地よくその時間を楽しむことができた。
同じ頃、ドイツ留学を契機に外コンの内定を掴んだ人の留学先から外コン内定までの軌跡を読んだことも、ひとつの転機になった。大きなサークルの枠組みの外で自分の軸を持ちながら人と関係を築き、成果を出している人がいるという事実が、居場所に対する固定観念をほどいてくれた。
小さな集まりは、大規模な組織のような「濃い帰属意識」を提供してくれるわけではないが、その代わりに「無理をしなくていい」という安心感を与えてくれる。居場所とは、必ずしも強い絆や連帯を意味するのではなく、安心して自分のままでいられる場所のことなのだと、今でははっきり分かる。
居場所に本当に必要だったもの
自分らしさを優先して居場所を選び直して見えてきたのは、自分が居場所に求めていたものの正体だった。前のサークルにいた時、自分はなぜあれほど居心地の悪さを感じていたのかが、今は冷静に分析できる。
居場所に必要だったのは、激しいノリについていくことではなく、自分らしく在れるかどうかだった。そのことに気づいてから、私は居場所の候補を慎重に選ぶようになった。
自分にとっての居場所に必要な要素
- 自分を装わなくていい安心感があること
- 参加するかどうかを毎回自分で決められること
- ノリで動く予定が強制されないこと
- 多様な背景を持つ人とお茶できる関係があること
- 長く続けることよりも心地よさを優先できること
この条件は、大規模な体育会系サークルのそれとは真逆にある。けれどそれが、今の自分にとっての正解だったと胸を張って言える。
居場所を作り直すことを続ける
居場所は一度見つければ終わり、というものではない。自分の価値観は年齢や経験とともに少しずつ変わっていくし、それに合わせて居場所もまた更新し続ける必要がある。
居場所を見つけた後にも、それを維持し、更新していく作業は静かに続いていく。一つの場所に固執しすぎると、以前のサークルのように自分を犠牲にする状況に戻る可能性もある。
自分らしく居場所を選び続けるために意識していること
- 数ヶ月に一度、自分の居心地を振り返る
- 一つのコミュニティに依存しすぎない
- 合わないと思ったら無理に居続けない
- 居場所がない期間も自分を育てる時間と捉える
- 新しい場所を探すことを恥ずかしいと思わない
大学生の頃に体育会系のノリに合わなかった経験は、自分にとって「合わない時に離れる勇気」を教えてくれた。それは裏を返せば「自分に合った場所を探す力」の原点にもなっている。
居場所探しの旅にゴールはない。今いる場所が合わなくなったら、また別の場所を探せばいい。その繰り返しが、少しずつあなた自身の輪郭を太くしていく。体育会系のノリに合わなかった夜も、小さな読書会で安心した午後も、すべてはあなたという人間を形作る大切な一部になっている。