井上社長2

 

No.65

株式会社ネクスト

代表取締役社長 井上高志

 

 

借りるのか買うのか、もしくは建てるのか。新築物件なのか中古物件なのか。そのような住まいに関する幅広いニーズに応える不動産・住宅情報ポータルサイトが存在する。 

その名は『HOME’S』。

 

数多く存在する不動産ポータルサイトの中で、掲載物件数No.1を誇り(全国376万件 ※2011年12月度平均)、毎日数万件という新着物件が次々とアップされる。また、物件情報だけでなく、家賃相場や住まい探しの各種ノウハウ、気になる駅・地域の周辺情報、住まいのトレンド、契約・引越し関連サービスまで、住み替えに関するあらゆる情報、サービスをワンストップで提供している。そんなより良い住まい探しの強い味方『HOME’S』を作り上げ、住まい以外の分野でも地域情報サイト「Lococom(ロココム)」等を運営し、次へ次へと新しい挑戦を続けているのが株式会社ネクスト(以下、ネクスト)の代表取締役社長井上高志氏。

 

今回の取材では、井上社長の学生時代のお話やネクストの社是である『利他主義』の原点となった出来事等をお話し頂いた。

 

 

 

―― どんな学生だったのですか? 

 

幼稚園から大学まで、どちらかというと目立たないタイプでした。引っ込み思案で人前では緊張であがってしまうような人間でしたね。中学では背が低いながらバスケ部に所属していましたが、高校では当時ほとんどの生徒が何らかの部活に入っていた中、入らずバイトばっかりやっていました。大学に入ってもあまり真面目に授業を受けず、友人に代返してもらってテストだけ受けに行ってました。それでも単位は取れるので「俺って要領いいじゃん。やれば出来るじゃん。」って自惚れてましたね。

 

―― そんな学生だった井上社長が起業を考えるようになったきっかけは何ですか?

 

スイッチが入ったのは就活の時ですね。1990年当時はバブル期だったのである程度スペックのある学生なら1人につき3.7社の内定が来るような、完全売り手市場の時代でした。

 

私は、複数の業界でそれぞれNo.5に入るような大手企業から内定を頂いていたのですが、ためしに社員数30名程のベンチャー企業も受けてみたんです。そうしたら見事に落ちました。ベンチャー企業は大きな会社よりも1人当たりの負荷が大きい。面接の時に学生時代何をしていたかという問いに対して「バイト頑張ってました!」としか答えられなかった自分には魅力が無かったからでしょう。表面上聞こえよく言っても中身がない事を見透かされたんです。

 

その時、自分の過去を振り返って要領よく『手抜き』してやってきた事に気づきました。

 

また同時期に、当時付き合っていた彼女に振られたんですよ。彼女はアメリカでCNNやABCのキャスターになる事が夢でNYに留学に行ったんです。その時に、彼女は明確なビジョンがあって行動に移しているけど、自分は明確な目標をもっていなくて何もしていない、と。この2つの出来事に直面し、私はこれまでの自分が許せませんでした。

過去と未来、両方の教訓を得て、そこで決心したわけです。一生かかってでも一大事業をなしとげてやろうと。

 

―― 最初に入られた企業から起業に至るまで、どういった想いがあったのですか?

 

最初に入社したのはリクルートコスモス(現コスモスイニシア)という会社でした。そこでまず目標を立てたのです。入社後5年目までに起業するぞ、と。その時は、自分にとって非常にハードルの高い目標を立てたものの、どんなビジネスで企業するのか、というアイディアも無ければ、「5年」という期間にも根拠はありませんでした。ですが、これまで無益に過ごした21年間を取り戻して、死ぬほど努力して5年間で自分の人格とか全てを改造して新たに本当の意味でスタートをきるという強い決心はありました。

 

その決心があったからこそ、結果的には入社後4年3ヶ月という期間で起業できたんでしょう。

で、具体的に最初の仕事で何をしていたかというとマンションデベロッパーをやっていました。つまりはマンションの販売です。

 

仕事を始めてすぐに気付いたことが、不動産業界は情報が不透明な部分が多く、お客様は十分な情報量の中で物件選びをできているわけではない、という現状でした。お客様がどんな物件を探しているのか、どんな生活を送りたいのか、そのような要望よりもとにかく自分の担当している物件を売ることが最優先。そんな状況を幾度も目の当たりにし、この業界を絶対に変えないといけない、思いました。住まいは、ほとんどの人にとって人生で一番高い買い物でしょう?だからこそ、お客様が1番自分らしく、1番気に入る物件を選択できる、そんな世界を実現したいと思ったんです。

 

その想いがより一層強くなった出来事が、入社間もなく若いご夫婦を担当した時でした。

  

ご夫婦は、はじめて2人で暮らす家を予算7千万円くらいで探していました。そうしたら、僕が担当していた物件をえらく気に入ってくれて。「ここを買いたい!」という奥さんの要望に、旦那さんも「いいね!ここにしよう」と盛り上がってくれました。僕もいよいよ初めての契約がとれるかな、と非常にわくわくしていました。

しかし、残念ながら住宅ローンの審査が通らなかったんです。

 

その物件に巡り合うまで10件も20件も色々モデルルームを見て回って、気に入る物件が無かったのに、たまたま僕が担当していた物件をえらく気に入ってくれた。だからこそ、その物件を買えなかったご夫婦は非常に落胆していました。

 

そんな姿を見て私は、どうしてもそのご夫婦にもう一度気に入る物件に出会ってほしい、という思いが高まりました。そこで、自社が販売する他の物件を探したり、中古物件を探したり、とにかく物件を探し回りました。さらに、マンションディベロッパーの営業としては失格ですが、ライバル会社の新築マンションをお客さんのふりして見に行き、そのご夫婦の希望に合うか考えたり、パンフレットをもらってきたりもしました。

 

そうして集めた物件情報をピックアップして、ずっとご夫婦に届けていたんです。そうしたら、ある時ご夫婦から「決めました!」という連絡があって。結局ご夫婦が購入を決めたのは私が提案したライバル会社の新築マンションでした。「うちの物件が買えなかったのは残念ですけど、でもよかったですね、とても気に入った物件が見つかって。」そう声をかけた私に、ご夫婦は後日わざわざ挨拶に来てくださいました。

「他の不動産屋さんではとにかく自分たちの都合ばかりで、早く申し込みしないと売り切れちゃいますよ、とか売り込みが激しかった。そんな中で井上君だけが本当に私たちのために一番ぴったり合うような物件を探してくれました。」

 

「井上君のおかげで理想とする物件に巡り合えました。もし、あなたが私たちのためにひたむきに物件を探してくれなかったら見落としてたかもしれないし、他の会社と先に契約しちゃってたかもしれない。必死になって私たちの希望を叶えてくれて、本当にありがとうございました。」

そう言って下さったんです。

 

その笑顔を見て、「ああ、本当にいいお手伝いできたなあ」という想いがこみ上げ、僕自身がハッピーになりました。「こういう笑顔を見られるのが仕事の醍醐味なんだな、最高だな。」と。

 

まあその後、結果的にライバル会社のマンションを販売するお手伝いをしてしまったことで、上司からはこっぴどく叱られることにはなるんですが、それ以上にお客様に喜んでもらったということがすごく嬉しくて。お客様の希望条件を無視して売り込むのではなく、お客様の希望に沿った物件を提案して本当の笑顔を見せてもらえるような仕事をしていきたいと改めて思いました。

まず目の前の人を「えがお」にする。すると自分も「えがお」になる。「そのような想いは現在のネクストが掲げる『利他主義』に繋がっていきました。

 

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―― 起業への最終的な一歩を踏み出したきっかけをあえてあげるとすれば何だったのでしょうか?

 

インターネットが誕生したことでしょう。1991年にリクルートコスモスで当時の不動産業界の暗闇の部分に直面し、「ユーザーのために変えなきゃ、業界を良くしないと」という想いを抱き、その後リクルート本社に異動になってからの3~4年間もどういうモデルなら、ビジネスとして成功するだろう、と考え続けていたんです。

 

不透明な不動産業界を変え、誰もが十分な情報の中から不動産を探せる仕組みを創る。そのような世界を実現するためには、どうすれば良いのだろう。まずは、多くの物件情報を網羅した巨大なデータベースを作らなければならない。そのためには、それらの情報を絶え間なく集め続けるためのネットワークが必要。そして、構築したデータベースをユーザーに届ける仕組み。

 

その3つが私のやりたいことには必要だったんです。「データベースを蓄積し」、「ネットワークで情報を集め」、「ユーザーに届ける」、これこそが自分のやりたいことだ!という確信はあったからこそ、インターネットの存在を知るまでは、ユーザーに届けるための「仕組み」に悩み、「コンセプトは間違ってないんだけどなあ」と悶々としてました。

 

 

そんな時にインターネットが登場したのです。初めてそれを見たとき、当時の私は、「あっ、これ使えばデキンじゃん!!」と直感的に思いました。当時はまだ日本国内でインターネットのユーザーが約100万人くらいだったんで(現在は約9,462万人 ※2011年1月 総務省調べ)、インターネットを「ユーザーに届ける仕組み」に起用するのはある意味「掛け」のようなものでした。

 

ですが、私の懐から出せるお金の額を考えたらインターネットしかなかったんです。インターネットが普及するかの先見の明なんてなかったけれど、ただ一歩踏み出すことは出来ました。それからは、このサービスで日本一が見えてくるまでは6~7年かかりましたが、日本の不透明な不動産業界を変え、誰もが十分な情報の中から不動産を探せる仕組みを創る、という想いがあったのでくじけることはありませんでした。

 

―― 私の考えとしては、起業の成功の重要な要素の一つとして「人脈」があげられると思うのですが、人脈についてはどのようなお考えをお持ちですか?

 

私の場合、リクルートにいた頃は目の前の仕事に追われ、人脈を作る時間がなかったのですが、ネクストを起業してからは、色んな異業種交流会に出掛けたり、先輩後輩の伝手を使ってどんどん人脈を手繰り寄せていました。会う人会う人に自分のやりたいビジョンや想いを話し、それら共感してくれた方たちが今の人脈の基盤になってると考えています。

また、色んな人に会っていくなかで自分の考えが変わったことも大いにあります。まだ若いときは軸なんてどんどんブレてもいいと思うんですよ。人の話を聞いて感化されている間に自分の座標軸が決まっていく。嫌いな人にあえて会いに行くのもいいと思いますよ。「お前の考えなんて理想論なんだよ」とかスパーンと言ってくれる人は貴重な存在。そうやって意見が違う人と意見の交換をすることが価値観の確認、自分の座標軸をどこに置くかの確認に繋がるんです。仲のいい人と一緒にいると居心地は良いですが、人間の成長には繋がらない。

 

リクルートにいた時のことですが、色んな事業をばんばん立ち上げる優秀な方がいてその方は、定期的にわざわざ一番嫌いな人に会いに行っていました。そうすれば自分の価値観が広がるんですよね。たとえば、私は派手なメイクしてルーズソックス履いているような女子高生は苦手なんです(笑)。しかし、あえてそのような女子高生と話してみると、「ああ、こういうところが楽しいのね」と分かっていく感覚があると思うんです。それを遠くから眺めているだけで「ふーん、じゃあこういうのがいいかも。」と机上の空論を並べても彼女達の感情を捉えられるはずがありません。是非、嫌いな人や苦手な人に直接会いに行ってみてください。 

 

―― 最後に、井上社長にとって「繋がり」とはどのようなものですか。

 

マズローの欲求5段階の3段階目に帰属欲求があるように人間にとって無くてはならないものでしょう。一人でずっと生きていけるほど精神力の強い人はそんなにいないんじゃないですか。仲間だったり家族だったり、恋人だったり色んな繋がりのなかで人って温もりとか安心感とかやりがいを感じると思うんですよね。

 

誰かのために、という想いから生まれてくるプラスの感情、ネクストの社是である『利他主義』はまさにそれなんです。「まずは、目の前の人を”しあわせ”に」その想いを大切にしてもらいたいです。

 

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非常にタイトなスケジュールにも関わらず、インタビューに快く応じて頂いた井上社長。そしてインタビューの質問事項に答えて頂いただけでなく、私たちの取材方法にもご指南してくださった。井上社長のように、私たちもまず目の前にいる人を「笑顔」にし、そしてより多くの人が繋がり合っていけるような場を創っていきたい。それが結果として世の中の役に立つような影響力を持てたらと改めて感じました。

さぁ皆さんもこの記事を読んだら、最初に顔を合わせる相手を笑顔にしてみませんか。

 

【取材・作成…長瀬晴信・宮本遥】