日本は、1945年に戦争を終結し、後に日本国憲法を設立した。

三本柱として「基本的な人権の尊重」が組み込まれている。我々は、人間らしく生活する権利を保障されているのだ。

しかし、その反面、「差別」という言葉は廃語にはならない。

それどころか、障害者を「大切に扱う」と捉え、彼らを特別視する人が後を絶たない。

 

世田谷区に住む上田さんは、かつてノンステップバスの普及運動に取り組んだ方だ。

障害を持つ人達が家族に頼ることなく一人で自立生活を送れるように、去年まで自立生活関連における介助者派遣事業のNPO法人CARES世田谷の副理事を90年の設立当初から26年間務めていた。

CARES世田谷は、日本で2番目に設立されたである。70年代にアメリカのバークレーで重度障害者学生が起こした運動がキッカケで、自立生活運動(通称:IL運動)は日本に広まりを見せた。

※CARES世田谷(http://hands.web.wox.cc/

 

上田さんは過去に施設に入所したことがあると最初に語った。その中の現状が悲惨なものであった。

上田:人権なんてありませんでしたよ。小さい部屋に、僕と同じ環境の人が10人くらい押し込められていました。寝てご飯食べるだけの生活しか与えられなかった。俺の人生はここで終わるのかと悟りましたね。

日本は数十年前まで法律で優生思想を肯定していた。なぜ僕たちが「排除」されなくてはいけないのでしょうか。同じ人間でしょ。

 

➡上田さんにとって「人権」とは何ですか?

上田:人権保障は「選択の自由度」に置き換えることができます。
僕たち日本国民は、憲法25条:生存権によって、生きることを保障されている。しかし、生活レベルは、人それぞれ違いますよね。

僕たち障害者は、健常者と比べて困難に直面することが多いです。

例えば、バリアフリー。飲食店に入るのでも、入り口に段差が在ったりすると、車いす利用者は入店することができません。つまり、障害者は健常者と比べて、選べる選択肢が少ないのです。

この問題の解決をするのが、社会ではないのかなと僕は思っています。こういったことを解消することで、僕たち障害者は「人権」を保障されたと捉えることができる。社会が障害者にいかに考えられるのか、そのうえで自立生活があり、ノーマライゼーションが成立するのです。

正直、去年までは「配慮」という観点でいい流れが起きていました。

あの事件がおきるまでは。

 

2016年7月26日、神奈川県相模原市にある障害者施設で19名の尊い命が奪われた。終戦後、最も被害者が多い事件として、戦後一番の凶悪事件としてメディアによって報道された。
日本だけではなく、世界各国のニュース番組でも取り上げられ、全世界を震撼させた。
被告は、「ヒトラーの思想が降りてきた」と病院の担当医に話しているという。

ヒトラーは、優生思想を掲げ、「社会的に価値のない劣等な人間は排除すべき」と約2年半の間で障害者7万人を抹殺した。第二次世界大戦におきたユダヤ人の迫害のおけるホロコーストの前に、障害者7万人が「劣等種」ということで大量虐殺が起こっていたことは、世間にあまり知り渡ってないだろう。

 

上田さんは、相模原事件について語った。

上田:あの事件は、我々障害者の存在を全否定しました。人権は愚か、生存権まで否定されるのか我々は。

2016年4月1日には、障害者差別解消法が施行されました。この年ですよ。あの忌まわしい事件が起きたのは。しかも、施設の職員が優生思想に駆られ、犯行に及んでしまった。起きた原因は、労働環境などと言われているが本質は違うのです。

 

➡では、なぜおきたのですか?

上田: 一言で言えば、「優位性」。多くの人が優位性に捉われ過ぎています。
A君より俺のほうが○○ですごいと、他の人が勝手に決めた基準・価値観に囚われている人が、多くなっているような感じがするんです。

人より早く走れる・数学が得意は、確かに素晴らしいことだが、どうしてそこから他人を見下してしまうのか。
自分が、他の人より優れているという快楽に溺れたいだけだと、僕は考えます。

優れているものって何かという話ですよ。特技は、人を見下すための道具ではなくて、他の人を幸せにするためにあるんです。

 

 

最後に上田さんは、文明の発達故に大切なものが見えなくなっていると話した。

上田:我々は戦後何度かの経済成長を遂げ、文明もテクノロジーも発達した。豊かになった故に、人と人との繋がりが失われつつあると思います。それは、物への依存度が高まったからです。

「何かあったら地域コミュニティの繋がりで支えあう」、いわゆるご近所付き合いは、今の時代に少なくなってますよね。人は他人への思いやりを持ってこその生き物だと思います。

僕は、介助者がいないと生きていけません。死んでしまいます。だからこそ、人の繋がりの貴重さというのが肌に染みて分かるんです。

今僕は、映画会を主催したり、マンションの会議に参加し、積極的に人間関係を構築しています。お陰様で世田谷では、「上田さん」という名で少し知れ渡っています。そのため、人を紹介したりすることは、数多くあります。それが僕ができる、思いやりなのかなと。

今、高齢社会が訪れてきてますよね。国民の1/4が、65歳以上の高齢者です。
こんな時こそ、「繋がり」が宝物になってくる。繋がりが薄ければ、孤独死大国日本になってしまいますよ。

自分のことだけ考えてるのが一番楽ですが、行き着く果ては真っ黒な世界です。
皆さん行動しましょ。自明視されている人間性って思いの他、大切なものですよ。

障害者も高齢者も子供達も、自分一人では生きていけない社会がもっと如実になる事を予想される中で、「お互いの生きている姿を認め合い、支え合っていかなければならない」と僕は思います。

 

人と人との繋がりが無ければ、選択の自由も人権もない。
私たちは、支えあっていかなければ生きていけない。上田さんは今日も町へと
足を運ぶ。

 

執筆:そんし