課外活動に熱中する大学生のことを
好きになれなかった筆者。

「君たち、何のために大学に入ったの?」と、なぜかキレ気味。

 

大学時代、アルバイトにかなりの時間を費やしてしまい、

勉強に時間を割けなかった自分へのイライラを、

他人にぶつけていただけの話である。

 

そんな器の小さい私に、

リアンの古株インタビュアー西村君からこんなLINEが来た。

”卒業から卒業した慶應生、インタビューしませんか?”

 

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たとえ、行動が裏目に出て誰かを不幸にしてしまうリスクや、自分が戦犯として歴史的に殺されるリスクがあったとしても、僕は人を幸せにできる善い社会を作ることにコミットメントしたいと思っています。” 

ブログを読んで、「やります!」と即答。堂々とした物言い、思慮の深さ、強い覚悟。どれをとっても、気になって仕方がなかった。

Webを食い扶持にしつつ政治家を目指す学生こと、嶺井祐輝さん。「人を幸せに出来る”善い”社会を作る」ため、現在は教育事業に力を入れている。高校生のための起業家育成講座(NES)も、そのひとつ。 

 

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高校生のための起業家育成講座(NES)2016
※NES:Next Entrepreneur Summit の略

NESは、AO義塾創設者斎木陽平氏をはじめ数々の起業家・社会人による講座を通して、社会にGood Impactを与える事業を高校生がゼロから作り上げていくプログラム。

高校生とはいえ、口だけで実践が伴っていないチームには運営側から雷が落ちる。 間審査会で褒められるチームなど、ほんの一握り。 容赦のないダメ出しを受け、バラバラになるチームも少なくなかった。

そんな、厳しくも恵まれた環境の中で、高校生達は挑戦と失敗を繰り返し、 自らの「志」を問い続ける。

どんな事業で誰を幸せにしたいのか?
なぜ、そう思うのか?
そのために、今自分は何が出来るのか?

 弱冠10代の高校生が3か月間考え抜いたその答えを最終審査会で大人にぶつける。

筆者も高校生に負けじと、ザ・課外活動に熱中する大学生、嶺井さんに自分の想いをぶつけてみた。

 

嶺井祐輝(みねいゆうき)

1991年生まれ。国立沖縄工業高等専門学校を3年次修了後に退学し、慶應義塾大学総合政策学部に入学。鈴木寛研究会(すずかんゼミ)所属。在学中はWebデザインの仕事をしつつ、複数の企業で新規事業の立ち上げに携わる。2014年10月より、AO入試専門塾「AO義塾」を運営するEdventure株式会社へ転職。2016年4月より取締役副社長へ就任。大学は、現在休学中。

 

人生を懸ける、意義がある。

 

NES全国高校生未来会議を終えられて、今どんな心境なんですか?

 

「AO義塾の副社長」という立場として全力を尽くしているという感じで。 いまはブログの更新を停止していますが、更新していた時と心情が変わっていると言えば変わっているし、 変わっていないと言えば変わってないし。不思議な気持ちですよね。ただし、まだ自分が成熟していないような気がするんです。

 

自分は高専でエンジニアになるのは「ちょっと違うな」と感じて、3年生で中途退学して、一般入試で慶應に入学しました。そして、親に「自分で学費も生活費も稼ぎなさい」と言われて、Webデザイナーとしていろんな会社で働き、食い扶持にしてきました。そして今、大学三年生でありながら、休学して働き続けているわけです(笑)。こんな風に経歴だけを並べて見ると、僕は相当ロックな生き方をしているのではなかろうかと思います。 だからと言って、ロックな人生と、今自分を心の底から突き上げる情熱が、必ずしもイコールになっていない気がする。っていうのが僕の内心です。

 

だから、AO義塾の教室でインタビューを受けるようになるのは もっと先がいいなーと思って、近くのカフェに来てもらいました(笑)

 

成熟していないというと…?

 

AO義塾は、もともと斎木君という社長が数年前に立ち上げた塾です。自分は昨年、この会社に関わりはじめました。だから、AO義塾は自分がゼロから作った志だとは自分自身が思っていないのではなかろうかと思っています。僕は志があるようでないのではないか?という所感なわけですよ。

 

いま打ち込んでいるAO義塾は、どっちかというと、人生を懸ける意義があると感じられる事業が初めて見つかったなあという感じなんです。 大学入学後に多方面で活躍したり、人生の目標に突き進むAO義塾の卒業生たちを見てきて、間違いなくAO義塾は社会をよくする塾であると実感できたし、同時に会社を経営することがどういうことなのか、ようやくつかめてきて。

 

私も飲食店で5年間アルバイトしてきましたが、

さすがに人生懸けようという気持ちには至りませんでした。
AO義塾に、人生を懸ける意義をどのように感じていますか?

 

前提として、人生を懸ける段階へいく前に、嶺井祐輝という存在がAO義塾にとってプラスになるような働きをしなきゃいけません。その上でAO義塾がお客様に最低限価値貢献しなきゃいけない。かつ、職場のボスと仲間が自分の存在価値を理解して感謝するレベルになって初めて0ポイントみたいなところが絶対あって。多分ほとんどの人が、まずそこに到達できてないんじゃないかっていうのが、嶺井予想なんですけども。

 

その上で、色々と仕事をしてきて、自分が活きる時っていうのがなんとなくわかってきて。少なくとも、AO義塾では自分が活きる。自分が活きることによってAO義塾にいい効果がある。AO義塾にいい効果があると社会にとってもいい効果があると思い始めました。

 

AO義塾は存在することによって功罪があるわけですよ。 ただ、現場に入るという事は、悪い部分をいい部分に転嫁する、 あるいはさらにいい部分を伸ばす事にコミット出来るわけです。これは自分の能力のいい使い方なのではなかろうか、みたいな気がしてやる気が出てきました。現場は地味な仕事ばかりだけれども、それがAO義塾の拡大と社会への貢献につながっていると信じられるから走ってみようかなと。

 

誰かのためになっている感覚が持てるんだったら、 どんな仕事でもどんな立場でも、きっと人間は素敵な感覚で生きられるんじゃないかなーと、最近は感じています。

 

飲食業は人の役に立つ実感が湧きやすいので続きました。

だからと言って一生アルバイトを続けたくはありませんでした。

 

それは、仕事のちょうど良さみたいなものがズレているからだと思うわけです。 最初は、僕もどのように働くのが自分に向いているのか、わかりませんでした。高専時代に未来のエンジニアに囲まれて、その世界で戦えるのか?と頭を悩ませていましたし。

しかし、たまたま自分が通っていた高専で、普通の高校とは違ったカリキュラムがとられていた点から、ようやく自分のできることが見えてきて。例えば国語では「パネルディスカッションをやってみよう」。世界史では「自分の好きな時代を調べてプレゼンテーションをやってみよう」。こんな感じに、授業のほとんどがグループワークだったんです。自分はこのグループワークが得意で、他の人よりもうまくできたんですね。この高校時代に培ったグループワークの経験から、僕は周りの高専生みたいなエンジニアとして生きるのではなく、会社に入ってビジネスに打ち込んだ方が得意かな…みたいなのがわかってくる。加えて、大学時代も結構たくさんの会社で働いたので、おのずと自分に出来ることと出来ないことがわかってきたんです。

 

いまは、事業だね。

 

人生を懸ける!と思える仕事に出会うのはもう少し先になりそうです。

今の嶺井さんを語る上で、師匠と慕う鈴木寛先生の存在は大きいですか?

 

すずかん先生と出会ったのは、SFCじゃなくてNESだったんだよね。すずかんゼミが復活するのをNESで知って、なんとなく行った方がいい気がして行ってみた。すずかん先生の授業を受けてみると、初めて素直に尊敬できる大人に出会えて、この人を目指そう!って素直に思えました。
SFC:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの略。

 

どのあたりが凄いんですか?

 

あの人は、自分の利害を越えたところで、粛々と社会のためになる事をやっている訳ですよ。社会に貢献出来ると信じたものを、常に追い求めて、常にそれを優先して。僕も社会のためになることをやりたいと思っていたので、政治家も向いているかもしれないと思ったんです。だけど、名声と権力だけで実績の伴わない政治家になっても仕方ない。先生みたいに、名実ともにしっかりした政治家になりたいと思っています。

 

そう思ってからは、ある意味、生き方に踏ん切りがついたというか。高校の頃は、マッキンゼーに行こうと思って、高専を中退して慶應に入ったわけです。慶應からマッキンゼーみたいなキャリアが僕の中には有り得たはずなんですけど、

 

なんかもう、それはオレの生き方じゃないな、みたいな。所属や肩書きにこだわるのはやめよう。○○の嶺井じゃなくて、オレは嶺井だ!みたいな感じで生きていくのが、オレの生き方なんじゃなかろうかと。そうなった時に、今欲しいのは、嶺井が頑張ったからこうなったんだ!みたいな実績です。 社会的に見ても、これは嶺井が作ったじゃんって言えるものをAO義塾で作りたい。

 

安倍昭恵さんをはじめ色んな大人の影響を受けて、最近は社長の斎木にも、 議員バッジがマストじゃない、民間の立場からも社会にいい影響を与えられるっていう気づきがあったみたいで。その部分は、副社長の僕も共感しています。

 

「そしたらいまは、事業だね」

というわけです。

21世紀の教育は、ベストミックス

 

AO義塾で今後取り組んでいきたいこととかありますか?

 

個人的には、AO義塾の指導をAI(人工知能)にしたいんです。 中学生の頃、対話型人工知能でそこそこ成り立つモノを作ったことがあるんですよ。

 

仕組みは基本的にPepperくん同じです。人間が機械に話しかけると、パターン数が無限大じゃないですか?だから機械は対応出来ません。

 

ところが、機械から人間の答えを引き出す場合、質問のパターンが限られてくるので、意外と成り立つんです。 これ、AOの指導にも使えるなーと思っていて。

 

「君どこ受けたいの?」「何が得意なの?」「好きなことは何?」みたいな質問を機械が投げかけるイメージです。そうすれば、素人が教えるよりもちゃんとAO指導が出来るロボット作れるなあ。みたいな。

 

これ、会社的に書いていいんですか?

 

いいですよー全然。これは僕が個人的にやりたいことなので。 最近各方面で話題になり始めているAIも、基幹技術は1970年ぐらいに編み出されています。

 

近年LINEとかのお陰で、テキストベースのデータが集まって、 機械に学習させやすくなっただけの話ですから。意外とすぐ作れちゃうかもしれません。

 

何より僕は、21世紀の教育はベストミックスだと思っていて。知識的な所は動画で覚えればいい。 でも、単に動画を見るだけでは絶対身につかないので、誰かが引き出してあげるような対話も必要。

 

引き出すにしても、質問の種類が限られているなら機械の方が処理しやすい。 人間にしか出来ない所は人間がやればいいし、機械でやれるところは機械がやればいいと思います。

 

嶺井は、AO義塾を通して個人的趣味である人工知能づくりをやろうと思っています(笑)。それは、会社の成長に明らかに繋がることがわかるので。

 

キャパ越えが、丁度いい。

 

最後に、リアン読者へメッセージがあればお願いします。

 

アルバイトでも有給インターンでも、何でもいいので、一個は全力で仕事をしてみないとダメなんじゃないかなと思います。それは、学生のうちにやってもいいし、社会人最初の3年間それに捧げてもいいし、みたいな。

 

全力でぶつかってみないと、手を抜いたから失敗したのか、能力が足りてないから失敗したのかわからないという事態が連発するので。出来ることと出来ないことを見極めるためにも、目標を高く持って、全力でぶつかりまくってほしいなーみたいな。明らかに自分のキャパを越える位が丁度いい思います。

 

でも、ブラックな働き方はしなくていい。時間内に最大限の価値を出そうっていう気持ちで働けばいいんです。メリハリも社会では必要なので。あんまりメリハリのない僕が言うのも何ですけどね(笑)

 

 

エッジの利いた言葉も「みたいな」で柔らかくしていく嶺井さん。

”自分に優しい所があるから、人にも優しい。そういうキャラが教育では活きる”そう。


懸命にアルバイトをしたあの時間も、
決してムダではなかったのかな。

そう思えるようになると、

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課外活動に熱中する大学生へのイライラも、すっーと消えていった。

少しだけ、人に優しくなれた気がする。

【執筆:中村勇斗