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何かを始めるきっかけは些細なことだったりする。

些細な出来事の積み重ねは振り返ってみれば
大きな道が出来上がり、驚いてしまうこともある。

そう思わせてくれたのは山口夏未さん。

2014年、4月に世界一周に出かけた彼女は、2015年3月に帰国。

道中では海外の品物の仕入れや海外で折鶴の販売を行うなど、
個性を生かした世界一周を果たした。

世界を旅することは山口さんにどんな変化を与えたのか。

帰国してすぐ、お話を伺いました。

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―海外を旅するきっかけはどこに転がっていたのだろう。

大学で入ったサークルの先輩にめっちゃかっこいい先輩がいて。その人が世界一周していたんですよ。だから私も行きたいなと思って。

―振り返れば、海外への関心は高校時代から。

高校の時から英語を勉強することに興味があって。結局、普通科に進学したんですが、英語科の高校に進学することも考えていました。同時に海外への興味も広がっていって。

ただ高校生の経済状況では、海外へ行くことは難しかった。だから、大学に入学してから、資金的にも余裕が出てから海外へ行こうと。幸運にも、大学に入った後、海外に関心のある子と友達になれたんですよね。

念願叶って、大学入った年の春休みに、その友達とバックパックを背負って、シンガポールとバリ島に1週間ぐらい行きましたね。

―さらに海外欲を強めるきっかけになったのは、入学後しばらくしてから加入した海外インターンシップを運営する国際的な学生団体「AIESEC」だった。

「AIESEC」の新歓に行ったときに、既に10カ国ぐらい行ってる人たちがいて、その経験を楽しそうに話してた。だからてっきり、「AIESEC」に入れば、海外にたくさん行ける」と思っていたら、私が担当したのは海外からインターンに参加する研修生を日本に受け入れる運営側だった。

―予想外の事態でしたが、そのまま「AIESEC」での活動を続けようと思ったのはなぜだろう。

思い描いていた活動とは違ったけれど、とても得るものが大きかった。海外の研修生を日本の企業に受け入れてもらうために営業をしたり書類作成をしたり。大学生の自分が社会人と接点を持つことができたのは世界一周でも活きてきましたね。

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戦が押した誰かの背中

―では、もう1度世界を旅しようと考えるようになったのはどんなきっかけがあったのだろうか。

世界一周団体「TABIPPO」のイベントに参加したことが大きかったですね。結局2回出場したんですが、1回目は歯が立たなくて、2回目は準決勝まで進出して、決勝に残ることはできませんでした。

「面白そう、出てみたい」という単純な好奇心だけで参加したんです。結果、「TABIPPO」の関係者と知り合えて、同じように海外や旅に関心を持つ人たちと繋がることが出来て。SNSを通して、お互いに触発しあえる関係性が構築できたのは本当に嬉しかったですね。

かなり刺激になりますからね。夢を叶えるために着実に努力を積み重ねる人たちがそばにいてくれることで、自分もそんな人でありたいと思えるようになった。

―「TABBIPO」のイベントへの参加は、旅への取り組み方にも影響を与えたと言う。

世界一周に出た後、どのように生きていくか考えるようになりました。ただなんとなく旅に出るのではなくて、目的を持って旅をする。

もともとは、世界一周をしてどうこうしたいという目的はなかったんですよ。大学に通い、時期が来れば就活をして、内定を取ればゴールという流れに違和感は抱いてきましたが、その違和感を紐解いて言語化することはできなかった。

だから、「目的」というよりは、そんな日本の現状から抜け出す「脱出」の意図が強かったですね。

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―世界一周をする目的を突き詰めるようになったのは、世界一周の資金を募る「クラウドファンディング」の経験が大きかった。

世界一周の計画を立てた当初は、「ふらふら遊んでるだけ」と好意的に理解されないのではないかと不安もありました。

だけど、中学校の同級生や何年も音沙汰のなかった友達から応援のメッセージや支援を頂いて、自分の意志で世界一周をすることが、誰かの背中を押し、誰かの願いを叶えることに気づいたんですよね。

旅に対する責任感、旅を通した還元の意識はクラウドファンディングを通じて生まれました。

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を仕事にするということ

―単なる旅ではなく、自分の個性を生かし誰かと誰かを繋ぐ旅。そんな旅が軽井沢でのある出逢いから始まった。素敵な縁がそこにはあった。

「AIESEC」で活動していたとき、少しだけお話したことがあった東京の友達が軽井沢でカフェを学生の力だけで立ち上げようと、メンバーを募っていたんですよ。即断即決で参加しました。

あるオーナーが軽井沢の空いていた一区画を学生に貸し出していたんですが、そのオーナーが、ふいにそのオーナーと話す機会に恵まれて。

そのとき別の店舗で軽井沢の作家の作品や伝統工芸を取り扱うアトリエを経営している彼女が話してくれたのは、これから海外の製品も店舗で扱いたいんだと。

世界一周をするのであればバイヤーとして力を貸してほしいと提案頂いて。そこからは話がとんとん拍子に進んで、海外で仕入れた商品を軽井沢に送っていきました。

―バイヤーとして試行錯誤した日々は、その後の旅にも影響を与えた。

その頃は海外でのバイヤーと並行してライターのお仕事もしていたのですが、他にお金を旅中に稼ぐ方法はないかと考えて、ある国で日本人宿に泊まったときに、良い案はないかとアイデアを募ったんですよ。

そしたら「折り紙でしょう」と。鶴を織って、北欧で「テイクフリー、バットチッププリーズ」ってやったら、案外稼げたよと教えてもらって。その通り、鶴を折ってやってみたら、収益がプラスで生きていけたんです。

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―刺激的な日々を過ごし、世界を肌で感じた彼女も、1年を経て日本に帰国。戻った彼女を待っていたのは、「脱出」したはずの就活。

世間の波に飲み込まれないように世界に出ても、結局飲み込まれた。よけきれなかったんですよね。

家族や友達も将来を心配してくれて、どういう業種で働きたいのか聞いてくれるんですが、私が重視したいのはそこではなくて。「何」をするかというよりは「誰」とするかが大事なんですよ。

―彼女は必死に自分なりの道を模索する。現在の立ち位置において私が出来ることは何なのかと。

今、私がこのまま社会に出て、社会人になったら忘れてしまうようなことの記録をしていきたいんです。

海外で旅に出る人とか長期で世界に行く人はもっと増えると思うんだけど、その人たちの受け皿は少ないと思う。日本での生き方に疑問を持って世界に出た人たちが結局は日本に戻ってきて、他の人と同じように就職して同じような生き方を辿っている。

その突破口になりたいという思いは強くて。当たり前にはできない経験をさせてもらえたぶん、その経験を自分が発信することで、誰か1人の心に刺さるきっかけを提供したい。

10980733_775223465907869_1643574614120522206_nそんな彼女は、想いを綴り始めた。
山口夏未が自らの気づきや想いを記録する「ナツタビ」。

今後は海外で仕入れた商品のウェブ販売も検討している。

道を模索し続けた先には何があるのだろう。

世界を歩いた彼女が綴る文章。
誰かの心に沁みるような色彩を含んでいるに違いない。

 【文章:江口 春斗
【写真提供:山口 夏未