IMG_6031

早稲田大学の文化祭、「早稲田祭」には早稲田大学のサークルである企画集団便利舎が行う「早稲田王決定戦」という名物企画がある。

早稲田ファンなら必ずと言っていいほど知っているこの企画、「早稲田祭 2013」の公式サイト(http://www.wasedasai.net/2013/wasepedia/44)にはその説明として

 

早稲田の理想を背負い、「表面の姿形」に惑わされている早大生の幻想を打ち崩すことのできる者、すなわち早稲田王を決める闘いである。

 

とある。

 

早稲田王決定戦2014の様子

 

この仰々しいともとれる称号を2014年大会において手にした男の名は

西江健司

早稲田をこよなく愛するこの男を語るうえで欠かせないキーワードは「挑戦」であった。

―早稲田王たる資格について本気だして考えたー

 

この大学に二浪して入りました。とにかく早稲田が大好きで、希望の進学先において早稲田以外の選択肢はなかったです。

 

1年生の早稲田祭、あこがれの早稲田王になるべく早稲田王決定戦にエントリーしたが、予選落ちしてしましました。

本当に悔しくて、なぜ予選落ちしてしまったのか考えたんです。

そこで思ったのは、自分は早稲田王になるために「早稲田っぽい人」になろうとしていて、こんなんじゃ早稲田王決定戦に出場する資格なんてなかったということでした。

早稲田王という称号そのものにあこがれているだけで早稲田王がどういう人であるべきかという思考が足りなかったのです。

 

早稲田王になるために早稲田っぽい人になるのではなくて、自分が早稲田っぽいと思うことを実行することで必然的かつ自然と早稲田王になるべきである。

早稲田大学の建学の精神には進取の精神というのがあって、これは今までできなかったことや、難しいことに挑戦していく精神のことなので、僕の中の「早稲田っぽい人」像って「挑戦する人」なんですよね。

だから、早稲田に合格するという自分にとっては難しいことに挑戦していた浪人期の自分のほうがある意味では「早稲田っぽい人」だったのかなとも思いました。

この時点では次の大会(2014年大会)にエントリーするかどうかも悩んでいました。

 

―サークルをつくるという挑戦―

 

 

高校時代はブレイクダンスをしていたのですが、当時知ったフラッシュモブを大学生になったらやりたいと思っていました。

 

注)

フラッシュモブ:

ネット上や口コミで呼びかけた不特定多数の人々が申し合わせて雑踏中の歩行者として、通りすがりを装って公共の場に集まり前触れなく突如としてパフォーマンス(ダンスや演奏など)を行って周囲の関心を引きその目的を達成するとすぐに解散する行為        http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A2%E3%83%96)より

 

しかし、早稲田にはフラッシュモブをするサークルがなかったので既存のダンスサークルに入ったのですがそのうちに、今の自分は既存のもの(ここでは既存のサークル)に入るだけで満足していて、高校時代から本当にやりたかったフラッシュモブをやれていないと思うようになりました。

 

そして思ったのは、

 

「自分がやりたいことをできるサークルがなかったら、つくればいいじゃん」

 

そうやって1年の夏休みも終盤にフラッシュモブサークル(=フラッシュモ部)を作ることを決意したんですけど、当初は不安だらけでした。

 

でも早稲田王決定戦の予選に落ちたことによって、新しいことに挑戦したいという思いが強くなり、早稲田祭の日に今まで入っていたサークルをやめてフラッシュモブという新しい挑戦に専念するようにしましたね。

 

早稲田王という称号を得るためにその称号をとりにいくのではなく、自分がその称号にふさわしい人になったら必然的にその称号がついてくる、だからその称号にふさわしい人間を目指そうとしました。

僕にとってそれは、目の前にある自分が立ち上げたフラッシュモブサークルに全力で挑戦することを意味していました。

 

ただ、当時は全国的に見てもフラッシュモブをやるサークルは存在しなかったので試行錯誤の連続でしたね。その過程で、組織論や経営論についても自分で勉強しましたよ(笑)

初年度には、名簿上50人以上もいるのに、練習に来るのは5人だけという辛い時期に全員に個人的に連絡を取って練習に来させたこともありました。

一般的に、大学1年生って先輩たちの作ったレールの上でもてなされる側だと思うんですけど、自分はそういうのを全部捨てて人を引っ張っていく立場にならなくてはいけなかったので、責任感がつきましたね。

 

いろんな活動を行ってきましたが、中でも一般人からの依頼であったプロポーズのフラッシュモブは挑戦的な経験として印象深いですね。

でも実は依頼がきたときに、大多数のサークル員は消極的だったんです。

「プロポーズは人の一生にかかわることであって、それをいち大学生の集団である自分たちがやってもし失敗したら怖い」という理由からでした。

 

ただ、僕はこの依頼について、確かに困難ではあるけれど一生懸命企画することで、自分たちが成長できる機会になるという認識だったのでどうしても諦められなかったんです。

 

なんとか皆を説得してこのプロポーズフラッシュモブをやりました。頑固でしたね(笑)

 

結果、依頼人の方には喜んでいただけたし、更に今年度はその時の動画を見た新入生がたくさん入ってきてくれて嬉しかったです。

プロポーズフラッシュモブの様子

―早稲田王になって―

 

うこうしているうちに大学2年の早稲田祭が近くなって、2014年早稲田王決定戦のエントリー時期になりました。

正直出場すべきか悩んだんですけど、1年前に予選落ちしてから、自分なりの「挑戦」を続けてきたのでそういう自分を試すためにエントリーを決意しました。

 

 

早稲田王になったからといって、自分の中にある考えが特別何か変わったということはなくて、むしろ更に「挑戦的な人早稲田っぽい人」を目指したいですね。

 

僕が思う早稲田王像とは

「早稲田大学を変えられるくらいの挑戦的な人、その挑戦のなかで人に影響を与えられるようなひと」

であり、早稲田王になってよりそんな人になりたいという思いが強まりました。

 

 

ところで、早稲田王決定戦に挑戦したいという人に伝えたいことがあります!(笑)、

早稲田王とは、単に何でも食べられるような人ではなく、早稲田について真剣に考えた人がなるべきであり、そういう人にエントリーしてほしい!!

単に目立ちたいからという理由でエントリーすんなよ!!!(笑)

 

 

―挑戦はつづくー

 

まず、フラッシュモブサークルの幹事長としての挑戦は

これからもサークル員に楽しんでほしいのはもちろんのこと、依頼者や現場でフラッシュモブを見てくれた人、モブの動画を見てくれた人に驚きと感動を与え続けていくことです!!

 

あと、フラッシュモブサークルのパイオニアとして自分たちが活動を精力的にすることで、他大学にもフラッシュモブサークルができるように影響を与えたいですね!

ゆくゆくはそれらのフラッシュモブ組織を連合化したいです!

 

注)

中央大のフラッシュモブサークルの設立時には早稲田のフラッシュモ部のノウハウが参考になっている。   

 

個人として、いち早大生、そして第十四代早稲田王としての挑戦は

今までと変わらず、常に挑戦的であることそれ自体です。

2015年の早稲田王決定戦のエントリー時に自分が早稲田王にふさわしい人間であると

判断できれば、またエントリーしたいです!

 

 

 

―全早大生に伝えたいことー

 

挑戦的であれ!!!!

 

それに付随して、

無思考でいないでください!

既存の体制や制度に疑問を持つ癖をつけてください!

 

早稲田の面白さは

自分の確固たる考えを持った

人が集まってそれが衝突しつつ、

ひとつの空間をつくっているところにあるのだから!

 

 

 

このインタビューにおいて、この第十四代早稲田王の口から一体何度「わせだ」という言葉が発せられたであろう。

彼の早稲田大学に対する愛が伝わってきた。

 

早稲田王・・・・

早稲田の理想を背負い、「表面の姿形」に惑わされている早大生の幻想を打ち崩すことのできる者

 

西江健司は間違いなく「早稲田王」であった。

彼の言う、挑戦的でエネルギッシュな早大生がキャンパスに溢れることによって

この大学は早稲田大学らしい早稲田大学になるのであろう。

                          【文章:菅沼 修一朗】

                          【写真提供:西江 健司】