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―2015年3月14日~18日に「第3回国連防災世界会議」が行われます。

国連主催の当会議は国内外から4万人以上の参加が見込まれ、
世界の防災戦略策定の場、ホスト国日本の防災ノウハウを継承する場、
そして東日本大震災の経験、教訓を国内外に発信する場として注目を集めています。

その第3回国連防災世界会議内において開かれるChildren&Youth Forumにおいて
日本事務局を務める1人が名城大学2年の山口春菜さんです。

Children&Youth Forumは、ホスト国日本の約40人の若者と、日本以外の国々の150人の若者による防災会議です。国連(UN)が若い世代の意見を重視し始めてから初めて防災について取り上げる世界的な会議となっています。事実、世界の防災会議の一部を若者や子供たちが担うというのが史上初です。このChildren&Youth Forumを通じて出たアクションプランは国連の本会議次第で、規約に記載される可能性があります。

―世界の若い世代で決めた規約が今後の社会の軸になる。つまりは自分たちの未来を決めるチャンス。
そんな機会に海外の若者たちも我先にと運営の母体となる”事務局”のメンバーに立候補した。
その結果、海外のChildren&Youth Forum事務局への申し込みも殺到。その激戦のなか選ばれたメンバーは既に他の国際会議に関わっている者ばかり。19歳の山口さんが事務局のなかでは最年少のスタッフとなる。

事務局の一員として活動することはとても刺激があって楽しいですね。テーマを震災、防災と限定すると防災・震災の分野で活動する人と多く出逢うのですが、今回の事務局は私を事務局のメンバーとして推薦してくれた水野翔太(名古屋わかもの会議発起人)やさまざまな分野のトップレベルで活躍している若者が事務局として活動することもあり、防災・震災に特化した活動を行っていないメンバーと防災について考えることができます。

さまざまな立場の意見を聞くことができて、自分の意見も受け入れられる。そうやって作り上げられるChildren&Youth Forum。それぞれの意見を出し合ってより良いものを作っていこうとする空気はとても居心地が良いですね。

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防災の当事者が集まる場。

―さまざまな価値観が交錯し、作り上げられる国連防災会議ユースフォーラム。その母体となる「国連防災会議」は1994年に横浜で開催されたのを皮切りに10年周期で開かれ、2005年には神戸、そして今回2015年は東日本大震災の被災地「仙台」で行われる。

名古屋と東北を頻繁に往復し活動を行う山口さんにとってもかける想いは大きい。

阪神・淡路大震災から20年になります。阪神・淡路大震災の10年後神戸で開催された第2回国連防災会議。そこから10年が経ち、東日本大震災という非常に大きい震災が起こった。そして4年目。震災の風化は3年が分岐点と言われる今、仙台で世界的な防災をテーマとする会議が行われることは大きな意味があると捉えています。

災害は地震だけではありません。各国、地域によって起きる災害もさまざまです。例えば、日本は世界的に地震大国と言われますが、火山についてはあまり触れられません。数か月前、御嶽山の噴火では多数の犠牲者が出ました

しかし、救助に入った方々や専門家の話を聞くと、犠牲になったのは携帯カメラで撮影を行おうとして亡くなった方々が多いそうです。火山活動が頻繁に観察されている場所では、登山者で噴火活動を撮影するようなことは見られません。火山噴火に対する防災知識が登山者に共有されていれば、もし噴火後、すぐに逃げていれば助かったかもしれない。

防災知識や知恵を世界中で共有することで、被害者が減る。今回の防災会議によって、さまざまな「防災」の当事者が集まることで、世界が変わっていくと思います。

―「1人でも多くの人に防災の知識を広げたい。」 Children&Youth Forumの開催によって、日本中の若者が防災に対して考える機会が増えることを期待する山口さん。

防災がメインとして取り上げられること。その世界的な会議が日本で行われること。その重要性を深く理解し、1人でも多くの人に情報を届けるべく行動する。

その根源にある言葉は「守るしかない。」

私は大切な人たちに後悔してほしくない。「もし自分があのときこうしていれば。」東日本大震災ではそんな後悔がたくさん起こってしまった。もし知識があれば。先人の知恵を生かしていれば。もし自分が行動することで、未来の被害者が減るのであれば、やるしかないんです。

それは私だけでなく、今あなたの周りにいる人たちもそう。全員誰かの大切な人。みんなで助け合っていくことで、1人でも災害によって亡くなる人を減らしたい。1人1人の意識を変えることで、未来が変わると信じています。

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守る連鎖を願望から必須へ

―名古屋在住であり、現在も名古屋にある名城大学に通う山口さん。彼女が高校1年生の時、東日本大震災が発生した。中学時代から生徒会に所属し、新潟中越地震への募金活動を行った彼女にとって、高校でボランティアを行う流れは自然だった。

とりあえず何かしなきゃという想いから、まず募金活動を始めたんですが、高校生の自分がもっと被災地のためにできることはないかと考えたんです。

そのように考えていた仲間が私以外に6人いて、そのメンバーで小さなボランティア団体を作り、岩手県の大槌高校の卒業式に名古屋の人から集めたメッセージ入りの布を張り付けた2m×10mぐらいのパッチワークの横断幕にしてサプライズで送ると言うプロジェクトを実行しました。

―そして、大学入学後、山口さんは気仙沼大島を訪れる。初めて訪れた気仙沼大島に魅了された山口さんは、東北で出逢いを重ねるなかで「中部の学生が誰でも復興・防災活動に取り組める環境をつくる」という想いのもと、中部たすけあいネットワークMYCを立ち上げた。

大学1年生の6月でした。理由は分からないのですが、大島という場所、人、空気に惹かれて。そこから、気仙沼大島に夢中になり、魅力を広げる活動を始めました。そのなかで東北の復興支援を行う「Tohoku ”RE” Days」中部地区の統括を担当しました。

そして中部地区統括として活動を進めるなかで、中部地区に災害ボランティア活動の基盤となる組織がないことに危機感を抱き、「中部助け合いネットワーク(MYC)」を結成しました。

―震災から現在まで東北に携わり活動を続ける山口さん。「人を支えたいタイプなんです。」と語る彼女は、重ねた出逢いを”恵まれている”と評し、感謝を絶やさない姿が印象的。「大切な人を守る。」その想いが彼女を突き動かす最大の原動力だそう。

好きな人を守る。さまざまな活動をするなかで多くの繋がりを持ちました。でも、私は繋がった先の行動に意味があると思うんです。私との繋がりを通して行動を起こす人がいる。その人が何か行動を起こせば、その行動に関わる人が生まれる。どんどん「守る連鎖」が広がっていく。

今、私が活動を断ち切ってしまえば、現時点での連鎖で終わってしまう。活動を継続することで、一人でも多くの大切な人を守ることができる。だったら、守るしかない。それはもはや願望ではなく、私にとっては必須なんです。

―日常生活の中から好きな人を「守りたい」ではなく「守る」ために。そうして維持される幸せな関係を連鎖させていくために。世界的な会議も、日々の生活も幸せの連鎖を広げるための1つの鍵。

活動を続けるなかで、今、私が良かったと思えることは小さい幸せに気づけるようになったこと。その小さな幸せをさまざまなコミュニティを重ねあわせながら連鎖させていくこと。そのために私が今まで生きてきたもの全てを。その19年は浅いかもしれない。だけどそれは後悔のない19年。その全てをぶつける場だと思う。

だって想像できないですからね。今でも「国連!?」って規模の大きさにびっくりします。でも、だからこそ楽しいし、わくわくする。何が起こるか分からないからこそ、出逢いの可能性に期待できます。そんな出逢いが連鎖する場に「Children&Youth Forum」がなるように動いていきます。

Information Link

第3回国連防災世界会議

―Children&Youth Forum―

【文章: 江口 春斗】
【写真提供: 山口 春菜】