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インターン、ITベンチャー、学外活動、一橋生・・・

こんな言葉を聞くと、斜に構えてしまう自分がいた。

「意識高い系学生ね」  「スーパーマンだね」

表面的なレッテルで片付けてはいけない。

人生観の領域まで質問をブッ込んだ。

 

その結果、分かったこと。

 

 

ITドラフト会議1位指名×気鋭の起業家 一橋生対談

 

我妻謙樹(わがつま けんじゅ)

19929月生まれ。一橋大学社会学部4年生。2年生春休みごろから、WEBマーケティング会社のインターンや「Life is Tech!」(中高生プログラミング教育事業)に参画する。

3年生3月に「ITドラフト会議」で複数1位指名され、最近上場した某大手情報サービス企業に就職予定。KJというニックネームで親しまれている。

我妻さんの自己紹介サイトhttp://kenjuw.com/

 

 

麻生輝明(あそう てるあき)

19929月生まれ。一橋大学商学部4年生。一橋大学広告研究会HASCfacebookミスコンを企画。1年時からIT系や人材系のベンチャー企業のインターンを4社重ね、事業企画やリサーチなどを経験。201410月に合同会社ヒカカクを創業し、「ヒカカク!」(買取サービス比較サイト)をリリースした。

麻生さんの立ち上げた事業のウェブサイト「ヒカカクhttp://hikakaku.com/

【ヒカカク運営メンバー募集】人々の商取引を革新するプラットフォームの実現に参画しませんか?ヒカカク!では課題解決力と実行力を備えた優秀な学生、エンジニア、WEBデザイナーなどを募集しています。会社などの枠を超え、自分で責任を持ち、サービスづくりを始めてみませんか。限界は自分次第です。ご興味あれば、ご連絡ください。 ヒカカク!お問い合わせフォームはこちら

 

我妻謙樹さん(以下:KJさん)は今、中高生へのIT教育に取り組んでいるという。

Life is Tech!」という中高生のためのプログラミングスクールの運営に携わっている。

文系学生にはあまり馴染みのない、プログラミング。

なぜ、そこまで心血を注げるのか。

最初は、自分のエゴから始めた仕事だったという。

 

KJ:最初は単純にOJT(机の勉強ではなく仕事を実践しながらトレーニングすること)で経験を学びたいというエゴからはじめた仕事でした。

 

けれども、めきめき成長していくこどもたちの姿を見て、「人を育てる」ということがどんなに魅力的かに気づきました。今は本気で「こどもたちの未来にかけたい」と思っています。

 

Life is Tech」という僕の所属する団体は、あくまでプログラミング教育をしているのであって、ソフトを作っているわけではありません。つまり、アプリやソフトウェアを作っているのではなく、子どもたちの夢を、将来を作っているのです。

ですから、プログラマではなく教育者という意識を持っています。

 

今の子どもたちの自己実現の選択肢を増やすことが最も核の部分であって、たまたまプログラミングが英語と並ぶ優れた選択肢だからプログラミングを教えているに過ぎません。

 

子供たちが成長し、夢が生まれた時に、自分の力でその夢を叶えられるツールの一つがプログラミングです。どんな家庭環境の子供も夢を実現できる、そのサポートの一役を果たすことができたら最高です。

 

KJさん自身も小さい頃からプログラミングとふれあってきたのですか?

 

大学生になって独学で勉強を始めました。

 

最初はグラフィックデザインに興味を持っていました。大学に入ると、まず授業のスライドやレジュメがださいと感じ、独学でデザイン理論やソフトウェアの使い方を学び、タイポグラフィ(活字の並びを読みやすくデザインする技芸)などを学び始めました。

 

大学二年生に入ると、今度は自分の作品を外に公開したくなり、ブログを開設しました。

その際に、HTMLCSSといった基本的なWEB系言語を習得したのですが、その時にプログラミング自体も面白いと気づいたんです。

ゼロから価値を生み出すものづくりの性格に惹かれました。

 

IT企業でインターンを始めたキッカケも、OJTでプログラミングを極めようと思ったからです。

 

麻生輝明さんは、KJさんよりもっと早い、1年生のときからインターンの道へ進んだ。

 

なぜ早い時期からビジネスを体感したかったのか。

 

原体験は中学校の頃にあった。

 

麻生:中学生の頃に、コミュニティサイトの立ち上げに携わって楽しかった思い出がありまして、場を作ったり、サービスを提供することの醍醐味を知ってしまいました。

 

他のサイトと提携をしたり、ユーザーの相互送客をしてサイトの価値を高めていったり、これって経営っていうものなのかな、と。

 

そんなことがあって将来は経営に関わる仕事に就きたいと考えていました。学生の早い時期から擬似的な体験をしたいと思い、活動場所を探していました。インターンというより経営を見たいっていうモチベーションですね。

 

一橋大学の商学部に入って、自分の知識の肉付けと実践の場を早く得ようと思っていたのですが、授業で習う経営学に空虚さを感じました。

重要なのは、実際の企業組織に入ってビジネスを見て、理論と実践の行き来をさせることではないかと考え、事業経営を任せてもらえるインターンに飛びこみました。元アクセンチュアの共同経営者たちが作ったコンサル系の会社です。事業リーダーとして企画、ウェブマーケティング、コンテンツ開発、KPI(重要業績評価指標)管理、人事など様々こなし、ビジネスモデルの転換や組織改善に取り組みました。

マッキンゼー出身のお笑い芸人、石井てる美さん取材時。(一番左:麻生さん)

麻生さんは当時、コンサルTVhttp://consul-tv.jp/ConsulTV)の運営に携わっていた

 

活発的に外に出る2人は、

小さい頃から「フツーの子」がしないことをやってきて、

「フツーの子」でありたくないという気持ちを持ち続けてきたのだろうか。

 

KJ:その質問に答えるとすれば、そう思われたくない感情は昔から持っていました。

特に就職活動に関してはかなり斜めに構えていました。画一的、統一的な評価が嫌いでした。

 

小学校・中学校教育で、出る杭として打たれ続けた経験がかなり強く頭に残っていて、「フツーの子」として見られることに抵抗がありました。

周りと同じように振舞う全体の中の自分という評価のされ方が好きではなかったですね。

他の人がやらないようなことをやりたがっていました。

今思えばイヤな生徒でしたが、数学の時間に英語の教科書を読んだり、英語の時間に数学の教科書を読んだりしていました()

 

出る杭とは具体的には?

KJ:宮城の田舎の方面に転校したとき、関東の学校に比べると小規模かつ進度にも差があったので、テストの成績が自然と上位になり、目立ってしまった。

そうなると、先生に教育的に無視されるんです。(人間としては無視されていませんが)

 

教育的無視とは?

KJ:勉強ができる子に対しては、誰も勉強を教えてくれないということです。

 

学校教育というのは、クラス全体の成績の底上げは図ろうとするけど、出来る子をさらに伸ばそうと引っ張り上げることまで手が回らないんです。

そこを改善したいという気持ちは今でも強いですね。

 

 

麻生さんも、小さい頃から「フツーではない」出る杭だったのですか?

麻生人によって何を「普通の人」とみなすか差があると思いますが、僕はむしろ、自分は平凡いやそれ以下の人間だというコンプレックスがありました。

小学生の時は、何でもできる羨ましい人たちと友達になるために勉強を始めたぐらいですし、自分が変わっている存在だという意識はあまりないです。

 

中学生の頃にウェブコミュニティを立ち上げた経験は「普通」ではないかもしれませんが、単に学校がつまらなくて、その代わりの楽しみと捉えてやっていただけです。普段から飛び抜けたことをしている生徒というわけではありませんでした。

僕の意識の中では起業というのも、変わったことだとは思っていません。サービスの開発をする過程で必要となったために法人化をしたというだけです。同じゼミの中でも他にデザイン会社を経営している人もいます。

KJさんのグラフィック作品

 

とはいえ、ひねくれている私は

 

「多くの人がやっていないことをしている」人はすなわち、

 

「人にすごいと思われたい」といった承認欲求が強い人だという偏見を持っていた。

 

彼らは承認欲求のかたまりなのだろうか。

 

恐れずにぶつけると、意外な答えが。

 

KJ:承認欲求がないわけではないですが、自己実現欲求の方が強いですね。

 

「他人の自分に対する評価」よりも、「自分の自分に対する評価」に重きを置いています。

もちろん、自分が納得していて他人からもすごいねって言ってもらえるのがそれはベストだとは思いますけど。

 

先ほどの「フツーの子」という話に置き換えるのならば、もし自分の自己実現欲求の先にある理想像が「フツーの子」でなければ、普通なことはしません。

 

僕の中の絶対的価値観は、伊坂幸太郎の『終末のフール』に出てくるキックボクサー:苗場の「おい、オレ。オレは今のオレを許せるのか」という台詞です。

もうすぐ地球が滅亡するというのに、いつも通りひたすら練習しているキックボクサーの苗場さんに、周囲の人は不思議がります。そんな中、周りの人ではなく自分の価値観で動く苗場さんに心を動かされました。

 

麻生さんは、承認欲求いかがですか。

麻生:僕は他人から承認「されない」ことが活動の源泉になっています。

周りから認められてない状況が自分のパワーになる。

 

かといって、承認「されたい」かっていうと難しいです。承認欲求が満たされたら、それでゴールになってしまう気がして。

 

でも、ステージが上がるたびに必ず「自分のことを認めてくれない人」というのは存在します。その人の前で結果を示して信頼されようという気持ちが常に働いているおかげで、成長意欲が保たれているのではないかと思っています。

そういう意味では、満たされない環境の方が性に合っているのかもしれません。

 

KJさんは承認欲求ではなく自己実現欲求。麻生さんは「承認されたい」ではなく「承認されない」こと。2人のモチベーションの源泉は結構違うんですね。

KJ:僕は、常にこうなりたいという強烈な「自分の理想像」があって、成長を続けないとその自分に追いつけない。毎日、現在の自分を「許せない」と思って生きています。

昔から決して経済的に楽な環境で生きてきたわけではないので、厳しい環境に身をおくことが最も自分らしいとも思っています。

 

麻生KJさんの「自分のなりたい像」は中学生くらいのころと比べて変化していますか?それともその頃に掲げた目標の過程に現在の自分がいるってイメージですか?

 

KJ:具体的な言葉として語る目標は少しずつ変わってきているけど、根底にある自分に対するプライド、「おい、オレ。オレは今のオレを許せるのか」っていう軸はぶれていません。

 

麻生さんは、インターンや起業といった厳しい環境に身を投じる動機はどこから来ているのですか?

麻生:自分は平凡な人間だというコンプレックスを消すことができるような、思い描く理想の自分に変わることのできるような環境を探せば、自然とそういう場所を選ぶことになったというかんじですね。

だから、人によっては厳しい環境と思われるかもしれませんが、僕はあまり厳しいと感じていません。

 

大学1年生ではじめて行ったインターン先は、学生が自分で新規事業を立ち上げたり任されたりするところでした。勿論18歳か19歳の学生が今までそんなことやったこともありません。大変でしたが、考えて手を動かしていくと、出来なかったことも出来るようになっていきました。

 

そこで上手くいけば、自信になりますね。

KJ:僕も今、国内最大手のレシピサイトを運営するIT企業で働いていますが、「なりたい自分を目指して常に挑戦できる環境」と「自分の哲学や夢を持っている周りの人」の2つを持つ職場は、本当に人間を成長させてくれる。

そして、すごく楽しいですよね。

 

麻生:色々な経験と考慮の末に、リスクに対する認識が変わりました。

例えば、僕は起業をしていますが、「起業」と聞いて皆さんが連想するのは「失敗したらどうするの」「経歴に残るよ」っていう意見だと思うんですけど、起業しないことによる将来的な損失の方がリスクだと自然に考えられるようになりました。自分で会社を立ち上げることぐらい、全然リスクじゃないじゃんって思います。

麻生さんがビジネスプランコンテストで日刊工業新聞賞を受賞した時の写真

 

 

一橋大学生といえば、世間では高学歴。

2人のことを、「なんでもできるスーパーマン」に見えてしまう。

彼らのマインドから、スーパーマンになるコツを盗もう。

 

KJ:スーパーマンの上にはハイパーマンがいるし、その上にはウルトラマンがいます()

スーパーマンだろうがなんだろうが、まだまだ上には上がいて、こんなところで終わりたくはありません。パーマン(スーパーマン)は成層圏までしか飛べないかもしれないけど、ウルトラマンは大気圏をこえて宇宙まで行けます。

 

人の成功をねたみ、自己奉仕バイアス(成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい)に陥った途端、人は感謝をしなくなり、謙虚さを忘れ、上昇できなくなります。

 

僕が大学に来れたのも、親や奨学金の協力があってこそでした。

高2の頃まで防衛大学校に行くつもりだったんです。防大に入学するとお金がもらえるから。

 

家庭への負担をかけたくないと思ってそう考えていたのですが、当時の母や担任の先生が「自分の行きたい大学に行っていいよ」と言って奨学金を斡旋してくれました。

だからこそ、僕は一橋の社会学部に通うことができているんです。

 

大学生になってからの有給インターンだって、ほとんどの会社のインターンは無給なのに、わざわざ僕にお給料を与えて働かせてくれる。

そういうところはもちろん謙虚に感謝しなければならないと思っています。

同じ教育奨学金を受け取る学生達と専攻や将来の夢を語る奨学生研修会の運営に携わった

 

麻生:僕は、よく聞く「今の自分は全て環境のおかげです。環境に感謝します」という話も否定しませんが、それよりもっと大事なのは、チャンスを掴み取ろうとする自己の意思だと思っています。

程度の差こそあれ、誰しもチャンスというのは訪れていて、それをきちんとチャンスとみなして、本気でつかみ取ろうとするかという意識の差も大事なのではないかと思っています。

 

KJチャンスを捉えるには準備をしないとダメだね。テニスに例えるなら、チャンスボールが来て強烈なボレーを返したいとします。しかし、ボレーの練習をしていないとか、フットワークの練習が足りていないままだと、頭では意識できても上手くプレーできません。

チャンスだと認識してもつかめない。チャンスがやって来てもつかめるようになるには日頃地道な努力を積み上げていくしかないよね。

 

彼らは、もうすぐ一橋大学を卒業し、社会に出る。

 

10年後、2人はどうなっているのだろう。

 

KJ○○という業種で年収○○万というのではなく、さっきの「オレは今のオレを許せるのか」という価値判断に照らし合わせた時に、自分を許せる状況になっていたいです。

 

37歳でリタイヤし、デザインや絵本作成、研究など知の探求に生涯を費やすつもりですので、今から10年後の32歳は、おそらくリタイヤの年に向けてがむしゃらに働いていると思います()

 

 

麻生10年後の自分は、大きな課題に立ち向かって解決する一人でありたいです。また、そのために力を備えている人でありたいです。KJさんが先ほど喩えていらっしゃったように、日々の練習なくしてホームランは打てないので。

特定のこの産業のこの課題とはまだ定めていませんが、今ぼんやりと考えているのは、子供の未来に投資するような団体・ファンドです。

 

子供って、大人に縛られる存在じゃないですか。潜在的に能力が高くても、親が経済的に恵まれなかったら、それだけで未来が押しつぶされてしまう可能性が高くなってしまう。

支援をしてあげて、彼らの可能性を引き出してあげるのはやりがいがあると考えています。

 

これを読んでいる高校生・大学生といった年下の学生に向けて

 

KJ:自分で自分の満足できる夢を追って欲しい。僕もそういう生き方をしてきたので。

 

例えば、とある会社で1年間で何億売り上げたいという目標があると仮定します。その目標のために働くことは自分の夢ですか?会社の夢ですよね。創業者やCEOの夢ですよね。

 

その夢と自分の夢が一致していればそれで構わないけれども、「自分の」やりたいことにこだわって欲しいです。

 

麻生:学生って就職活動などの大きな選択に迫られている方が多いと思いますのでそういった話を。色々な選択肢があるからこそ悩むべきだ、と同時に悩んでいても仕方がないとアドバイスさせていただきます() いやこれアドバイスじゃないかもしれません。

 

20数年生きてきたぐらいで自分のやりたいことなんて分からないだろうけれども、分からないから周りに流されていいというわけではないし、選択肢って色々ありますよね。一方で、ずっと迷っているくらいなら決めて、その選択肢を正しくしてしまえばよいとも思います。その意味ではまず行動してみるっていうのが大事な戦術かもしれませんね。行動してみないとわからないこと、多いです。

 

周りから揶揄されたって、気にしてはいけません。手を動かして、目の前の課題に取り組みましょう。それでもたまには立ち止まって、先々を見据え、大局的に意味のあることなのか見つめなおしましょう。両方大事です。

 

社会人になってからは、そう簡単に人生やり直せるわけではありません。だからこそ今のうちに人生やり直してみるのはアリだと思います。

 

【取材:そんし 編集:吉田健一】