藤井理子①

 

藤井理子さんは、現在、早稲田大学政治経済学部に通い、政治家を目指す大学一年生だ。岩手県で生まれ育ち、高校時代は東南アジアのマレーシアに一年間留学した。震災を経験した事をきっかけに防災教育にも興味を持つ。震災が無ければ、郷土を愛する事はなかったという。現在は、東北ふるさとづくりパートナーズの共同発起人として、東京、岩手を飛び回っている、アクティブ大学生だ。彼女のターニングポイントとこれからの人生について迫っていく。

 

東北ふるさとづくりパートナーズ @Touhoku_FP

 

 

 

 

1 2011年3月10日にタイムスリップするならば、何をしますか?

今回は変則的なインタビューに挑戦してみた。以前、田中嘉さんのインタビューで取り上げられていた、谷川俊太郎の33の質問を応用した物である。話し手である藤井理子さんと聴き手の西村歩は、それぞれ紙に0~13までの数字を書くことが出来る。それらの合計の数は最大26 最低0。出た数に応じてあらかじめ決めておいた質問を投げかける方式である。例えば、17番は「2011年3月10日にタイムスリップするならば、何をしますか?」

 

 

 

あー笑。いきなり核心に迫る質問だね。

 

———-すみません。嫌な思い出だったら申し訳ないんですけど

 

いや、全然大丈夫なんだけど、序盤にやる質問じゃないよね。

 

———–けど、出ちゃったもんはしょうがないので(笑)、申し訳ございませんが、差し障りが無ければなければ教えて頂きたいです。

 

あのね、3月11日におじいちゃんが亡くなったんだけど、その1週間前がおじいちゃんの誕生日だったのね。おばあさんから「理子ちゃんケーキ買ってきて!」って言われて、おじいちゃんが入院していた病院にケーキを届けに行こうと思ってたんだけど、友達に遊びに誘われて、おばあちゃんに託したらすぐ友達の家に遊びに行っちゃったのね。その後、会えないまま3.11を迎えちゃって、それが今も心残りなんだよね・・・

 

————–ああ・・・

 

もし3月10日に戻れるんだったら、津波が来ることをおじいちゃんに伝えて、そして誕生日おめでとうと言いたいね。

 

————-2011年だから、今理子さんが20歳だから・・・

 

私は16歳の時だね。

 

————-今一言おじいちゃんに言葉が伝わるならば、なんて言いたい?

 

大好きだよって言いたい。

 

————震災後になって人のありがたみを感じた訳か。

 

ありがとうって、言わなくても生きていけるじゃん。けど震災を経験したら、今言わなければ一生言えないかもしれないという事を凄く感じたんだよね。だから、一秒一秒大事に過ごそうって感じたし。だからフットワーク軽いし。

 

————–震災を通じて学んだ事はそれ以外にも多いんじゃないですか?

 

なんだろうね。良い事も悪い事もあるね。悪い事だったら、人のつながりはすぐ無くなっちゃうんだなって感じた。おじいちゃんと私は血のつながり無かったし、戸籍も一緒じゃなかったんだけど、親戚同士みたいに仲良かった。けど震災後は両家族が歪みあっちゃって絶縁状態だし。

 

————–もし3月10日に戻れるんだったら、津波来るって言いたいよね。

 

3月11日の朝に退院して沿岸に戻ったんだよね。もし戻れるんだったら、私は死ぬ気で止めたい。今の親戚関係の歪みも戻るんだから。

 

—————おじいちゃん大槌だよね。

 

おじいちゃんの四十九日に行こうと思ったんだけど、玄関で足が止まっちゃって、泣いちゃって、今もいけない。足が進まない。けど、もし行ったら現実を受け入れざるを得ないんだろうね。

 

—————-震災後の岩手は理子さんの心の中でどういう印象?

 

危機意識が出来たね。何も活動してない人も震災の事を考えていたり、今度何か起きた時の為に避難場所とかも考える人も多いと思う。沿岸では大学や高校生が風化を防ぐための活動まで起きていて熱いし、そういう面では良くなった側面が多いのかなと思う。

 

—————–いい事だよね。

 

悔しいけどいい事なんだよね。

 

 

 2 高校時代にしとけばよかったと悔やんでいる事はありますか?

藤井理子②

 

私はね、高校時代はもうやり尽くした!もう悔いはない!

 

—————-え、なんで?

 

自分がやりたかった事はやり尽くしたんだよね。東南アジアで震災体験の伝承とか、防災活動とかもしたし。出来る事はすべて出来たから悔いない!

 

—————–東南アジア?

 

マレーシアのランカウイって所にいったの。留学した理由は「苦労したかったから」なんだけど。

 

—————–苦労したかったから?

 

うん。小学校の時に受験して、持ちあがりで中学に行って。そして高校は県内一の進学校に行ったんだよね。言うの恥ずかしいんだけど、私は挫折を知らなかったの。勉強をしたら中学ではトップだった。その一方で、「このまま挫折を知らないで社会に出たら絶対叩き潰される」っていう予感がしてたの。すごく怖かった。そこで、挫折しようとドMな感じで留学しちゃいました。

 

—————–超ドMだねそれ。

 

挫折したよ凄く。あれは一生の財産だと思う。

 

—————–どんな感じにドMなの?

 

あのね、もうホームステイ先からドMだったんだよね。マレーシアって99%が中国人かマレー人で、留学する前にマレー語と中国語を学んでたのね。で、ホームステイ先の蓋を開けてみたら、まさかの1%のインド人(笑)。もう無勉強だったタミル語を喋らなければならない環境に投げ出されちゃって。

 

—————-それはえぐい。

 

半年間タミル語頑張ったんだけど、やっぱダメでした(笑)今は日本語、英語、マレー語を操ってます。タミル語はちょこっとかな。

 

—————–マレーシアに行った理由はドMになる事だったと思うけど、他に目的はありました?

 

もう、なんでも学ぼうって。一番は宗教対立かな。行く前はインド人、中国人、マレー人が仲良くやってますってガイドブックに書いてあったんだけど、行ってみたらもう普通に対立してて、タイ遊びにいったら、テロに巻き込まれそうになったりとか。

 

——————テロってマジ?

 

マジ。110人死傷みたいな。

 

——————運良すぎじゃない?よく帰ってきた!

 

本当はテロに遭遇する時間にテロが起きた場所にいたはずだったんだけど、ガイドさんが場所を変更してくれたの。隣町でテレビ見てたらその場所が爆発してて。あれはびっくりした。え?みたいな。

 

——————-マレーシア行って自分に関して何か気づく事あった?

 

「自分小っちぇえ。」って思いました。なんか、高校は県で一番の所にいって、周りから渇望の眼差しで見られて、おごりまくりのドヤドヤな人生を送ってきました。けど、マレーシア留学したら、五か国語話せて当たり前って人もいて、言語だけじゃないんだけど凄い知識持ってる人がいたりとか。いろんな才能を持ってる人がいて、自分は本当は何も持っていないんじゃないかって思った。世界はデカいんだ。

 

——————–誰も気づき得ない経験は、今どんな感じに自分に生きてる?

 

進路選びに凄く役立ちました。本当は東京外国語大学とかで語学を学びたいと思ってたんだけど、語学を生かして何かをしたいって思ったし。こうして何か目的を持つことができたという事が大きいね。で、今は早稲田の政経で政治学んでる。

 

——————-語学得意って言ってたけど、どんな方向性に活かしたい?

 

自分はマレーシアに行ったときに、本当に考えさせられる経験があった。地震が発生して私は逃げたんだけど、学校の友達が「津波見に行こうぜ」って言ってて、日本で起きた津波の辛さをマレーシアに伝えてたはずなのに、全然伝わってなくて凄く悔しい気持ちになった。しかも彼らは数年前にスマトラ沖地震で多くの犠牲者を出しているのに、「なんでそんなに危機意識が低いの?」って思った。この時、世界では日本ほどに防災教育が進んでいない事に気がついたんだよね。将来は世界中で防災教育を広めたい。その為に言語の力を使いたい。

 

—————–日本の防災教育って凄いの?

 

凄いよ!もう地震があったら机の下に身を隠すってのが普通だけど、マレーシアにいた時は「どうすればいいの?」って聞かれて。日本の防災教育はまだまだ弱いところがあるし、強化が必要だと言うけど、そもそも浸透すらしていない場所があるんだなって思った。「なんで知らないの?」って。実は日本って防災教育が進んでるんですよ。

 

—————–そんなマレーシアで防災教育が出来たって凄い事だよね。

 

うん。そもそもマニュアルみたいな物が無かったからね。興味は持ってくれた。けど津波の一件を通じて、自分の思いを伝えきれてないんだなと痛烈に感じた。

 

 

3 繋がリアンで宣伝したい事とかあったら、どうぞ宣伝してください。

 

え(笑)何を宣伝するの?

 

——————-今やってる活動とか。

 

じゃあ・・・私を告知しようかな。

 

——————–どうぞ!

 

なんか興味持ったらFacebookまでご連絡ください。「藤井理子」です。Twitterは @ri178koです。

 

———————–理子さんの強みって何?

 

んー(笑)。さっき、挫折を味わいにマレーシアに行ったって言ったけど、私はそれを「挫折」だと思ってなかったんだよね。で、友達にその話したら、「それ挫折じゃん」って言われて。私はどんなことでもポジティブに考えちゃう人なのかな。あと、何でも学ぼうとする事。興味を持つこと。特に薦められたものに関してはのめりこんじゃう人なんだよね。

 

———————–何にのめり込んだの?

 

将棋とか。あとマレーシアでは調理科に入ってたんだけど、毎日マレーシア料理作ってのめりこんじゃった。

 

———————–マレーシア料理?

 

もろ唐辛子使って。激辛の。手を洗うと3日間痛いみたいな。

 

———————–そんな理子さんですが、どんな事をやってみたいですか?結構繋がリアンって繋がるんですよ。もしかしたら面白い話来るかもね。

 

変な国を知りたいんです。そして行きたい。リトアニアとかバックパッカーしたいです。何か面白い話あったら教えてください!一緒に行ってくれる人募集中!みたいな。(笑)

 

———————-バックパッカーになる!って言って中学時代に家出した事ある!警察に補導されたけど(笑)。どこの地域に、どんな目的で行きたいですか?

 

東南アジア行きたいです。日本人がいない場所にガンガン分け入って、私だけが知っている情報や話を仕入れて知識にしたいです。

 

———————-どうせなら、大学生なんだから時間の束縛も緩いだろうし、どんな人に会いたいとか名指しで言って見たらどうですか?

 

んじゃあ、旅大好きな人で。世界一周とかした後に、自分の故郷の良さとかに気づいたっていう話を聴いてみたいです。宜しくお願いします。

 

 

4 世界最強の頭脳と世界最強のコミュニケーション能力。片方もらえるならどっちを選ぶ?

 

藤井理子3

 

コミュニケーション能力かなぁ・・なんか、最近思うんだけど、別に頭良くないんだけど話し方とかに惹きつけられる人とかいるじゃん。凄くうらやましいんだよね。

 

——————どういう人に羨ましさを感じますか?

 

最近あった人の中では、早稲田の1年生に芸人を目指している人がいて、凄くうらやましいと思いました。もうめっちゃ話面白いの。私は話すの正直苦手で、特に西村君は宮城県民だからわかると思うけど、東北の人ってコミュニケーション能力が「ありすぎ」って人はあまりいないよね。それが素敵な人柄だと思うけど、今、私はコミュニケーション能力が欲しいです。

 

——————なんで東北人ってコミュニケーション能力が低いのかな。

 

低い訳じゃないけど、恥ずかしがり屋なのかなぁ。

 

——————じゃあ、世界最強のコミュニケーション能力を授けられた藤井理子さんは何をする?

 

んー、新宿駅とか人が多いところで手当たり次第に声をかけて話を聴いてみたい。ナンパ(笑)

 

—————–逆ナン?

 

そう。逆ナン(笑)。

 

——————コミュニケーション能力が低いって感じている理子さんは、この能力を向上する為に何か気を付けている事ありますか?

 

んー。心掛けている事に、「誘われたら絶対行く」ってのがあるね。誰か紹介する?って言われたらとりあえず、何をやるか分からないけど行きます。ってね。「とりあえず魂」大事ですよ。

 

5 震災前の岩手と震災後の岩手どっちが好きですか?

藤井理子4

 

凄く悔しいんだけど、震災後。

 

—————-その心は?

 

震災前って実は岩手大嫌いだったんだよね。高齢化だし、ダサいし、農林水産業とかたるいし、大学めぼしい所ないし、東京とか外に出たかったし恥ずかしかった。けど、震災が起きて岩手を思い返してみると、悪くない場所だなって思う。そしてマレーシアに留学して帰国したら地元が一番だって思っちゃって、今では岩手大好きなんですよね。大学は岩手で学ぶ事がなかったから東京に行ったけど、しょっちゅう地元に帰ります。

 

—————-マレーシア行きは価値観を変えたんだね。

 

そうそう。外の世界にいってみると、どれだけ自分が住んでたところが素晴らしいかって感じるんです。日本に帰って来た時に初めて食べた日本食は格別だし、何も考えずに食べてた岩手の米は素晴らしい。だからこそ、外を経験して地元に戻る事が出来たというのは、私にとっての財産なんですよ。

 

—————-岩手の良さって何ですか?

 

何もないところだと思います。

 

—————-ほう。

 

けど、その人次第では物に溢れるのが地元だと思うんです。好きにならないと分からないんですよ。地元はみんなそうだと思います。

 

—————–今では理子さんにとって岩手は宝石箱みたいに宝物がいっぱいな訳だ。

 

そうだね。素敵な場所ですよ。

 

—————–そういう風に地元を素敵に思うにはどうすれば良いのかな。

 

んー。悔しいけど東京とか海外とか見てくればいいさ。絶対わかるから。あんなに嫌だった土地が素敵に見えてしまう。そこの地元嫌いなキミ。外に出てみようよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際的に視野を広げたら、自分の住んでいる場所が魅力的に思えてくる。震災や留学は藤井理子さんに郷土愛を育むきっかけとなったように、みなさんも大きな世界から小さな世界を俯瞰する、そんな活動に踏み切っても良いのではないかと切に思う。郷土愛という武器を手に入れた藤井理子さんの今後に期待したい。

 

Interview & text:Ayumu Nishimura(@Unknownjumpers)
Place:Takadanobaba Tokyo