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「なぜ彼は、これほどまでに強い志をもつことができるのだろうか。」

 

彼の話を聞いていて、そんな思いが湧いてきた。

 

 

人付き合いを敬遠していたはずの彼が出会った、

 

仲間、海外生活、就職活動、そして学生団体。

 

 

そこには彼が抱える、

 

いくつもの熱意が隠されていた。

 

 

■プロフィール

高山 道亘(たかやま みちのぶ)

1988年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院情報科学研究科2年生。

大学1年次に、一時期半引きこもり状態になるが、

そんな自分を打破すべく大学を休学し、東南アジアを旅して歩いた。

現在は、学生団体MI KAIの代表を務め、就職活動支援・内定者支援を通して

学生に向けた「夢」「将来」「キャリア」を考える機会の提供に尽力している。

 

 

 

“よさこい”がくれたキッカケ

 

元々は、今みたいにいろいろな活動をしていたわけじゃないんですよ(笑)

 

 

“大学デビュー”の遅いバージョンみたいな感じでいろいろやり始めただけで、

大学1年生までは何もしていませんでした。

 

 

というかむしろ、引きこもりでしたね(笑)

大学はちゃんと行っていたんですけど、あまり人付き合いもなかったです。

親からもけっこう心配されたりして(笑)

今でこそ人の目を見て話ができますけど、そもそも人と話すのが嫌でしたね。

 

 

だけど大学2年の時に、

そのとき1人だけいた友達に“よさこい”に誘われたんです。

 

(※札幌では、毎年6月に”よさこいソーラン祭り”が開催されるため、

よさこいはかなり盛ん。大学のサークルとしてもチームが存在する。)

 

 

でも最初は、人前で踊ることが恥ずかしくて拒否していたんですけど、

最終的によさこいの練習に無理やり連れて行かれたんです(笑)

 

 

そしたらよさこいの人たちは、みんなテンションが高かったんですよ(笑)

 

だから「絶対俺はこういう場所には慣れない」と思って、

その日はすぐに帰ってきました。

 

 

だけど、その後も友達に誘われて練習に行っているうちに、

だんだん楽しいと思ってきたし、何よりよさこいのメンバーの人たちが

僕にすごく優しくしてくれたんですよ。

 

 

それまでは人付き合いとかなかったですし、そういう経験もなかったので、

それがとても嬉しかったんです。

 

それからまた何回も練習に参加しているうちに、

本格的によさこいを始めたんですね。

 

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ふと訪れた、“海外”という転機

 

 

それでよさこいソーラン祭りが終わったときに、

あと2年半で大学生活が終わってしまうし、

もっと大学生活をエンジョイしないともったいないと思ったんです。

 

 

 

 

それで僕は何をしたかと言うと、休学したんです。

休学して何をするかなんて決めないうちに休学したんですよ。

 

 

それで、何をしようかなと考えているときに、

ふと周りを見ると海外に行っている人が多かったんですね。

そのとき、実は留学がブームだったので(笑)

 

 

だけどそのときの僕は、それが魅力的に感じられなかったんです。

 

 

 

 

でもあるとき、NHKを見ていたら、僕と同じくらいの年の人が、

リュック1つだけを背負って世界一周していたんです。

 

 

それがすごくかっこいいなと思って!

そこで海外に行ってみようかなと思ったんですね。

 

 

 

でも僕がいきなり世界一周なんて無理だと思いました。

英語も喋られませんでしたし(笑)

 

なので、ちょっとだけ行ってみようかなっていう軽いノリで、

まずは観光旅行として一週間だけ韓国に行ったんです。

 

 

 

そしたら韓国で生活しているうちに、

海外にいることにすごく魅力を感じて、新しいカルチャーに触れるのって

すごくいいなと思ったんですよ。

 

 

 

それからもっと本格的に海外に行ってみたいと思って、

3か月間はバイトをしまくったんです。

親には迷惑をかけられないので、お金はすべて自分で工面しましたね(笑)

 

 

 

そのあと韓国に拠点を置いて、

1年ちょっとくらい東南アジアの国をまわりました。

 

 

 

 

 

その旅では、自分の中で1つだけルールを決めていたんです。

それは、「宿泊施設には絶対に泊まらない」ってことでした。

 

 

基本的には野宿か、“田舎に泊まろう”方式ですね(笑)

今まで日本にいたときの自分は甘えていた部分があったので、

過酷なところに自分を置こうと思ったんです。

 

 

でも本当に地元の人が仲良くしてくれて、野宿はほとんどしなくて済みましたね。

東南アジアに1年間いて、野宿は合計1か月くらいで、

それ以外は誰かのお家にいました。

 

1人のお家に2か月くらいいたこともありましたし(笑)

 

 

 

 

やっぱり、野宿だとしんどいんですよね。

治安が悪いところも多いので、寝ている間に財布も4回くらい盗られました(笑)

 

 

 

普通の観光旅行だと面白くないし、所詮3か月しかバイトしていないので、

宿泊施設に泊まるとお金もかかるんですよ(笑)

 

なのでそんなに豪勢な旅行はできないと思った結果の、

自分なりのルールでしたね。

 

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僕にとってその旅行は、今までの自分を振り返ることもできて、

将来の自分の目標設定もできたので、とても良いものでした。

 

 

 

でも2年も休学していたので、

親からは「就活ヤバいだろ」って言われていたんです(笑)

 

 

 

僕もさすがに2年はやりすぎたかなと思ったんですけど、

いま就活が終わって振り返ってみると、

そこまで損したことはなかったと思いますね。

 

むしろ得したことが多かったです(笑)

 

 

履歴書に東南アジアに行ったことを書くと、面接官に、

「なに?野宿したの?」って聞かれて、そこから興味をもってもらえました(笑)

 

 

 

将来という、“未開”の“”を求めて

 

 

僕が海外に行ってみて得たものとしては、

小さいことで悩まなくなった”ということですね。

 

 

 

今までは何かやりたいことがあっても、

やらずに終わってしまうことが多かったんです。

 

でもそれが、

「失敗してもいいから、とりあえずやってみよう」という考えに変わりました。

 

 

 

それは何故かというと、東南アジアの“貧富の差”が大きく影響しています。

 

 

向こうの国には貧しい暮らしをしている人たちが多くいて、

まだ小さいのに家計を支えるために、

学校に行かないで働いている子供たちをたくさん見たんです。

 

 

 

その子たちを見ていて思ったのが、

 

「自分は日本にいるとき、どうでもいいことで悩みすぎていたな。」

 

ということなんです。

 

 

 

 

その子たちはその日の仕事が上手くいかなければ、

生活費を稼ぐことができなくて、

もしかすると死んでしまうことだってあるわけですよね。

 

 

でも僕が学生団体をつくって上手くいかなかったからって、

死ぬわけではないんですよ。

 

 

 

その子供たちと自分を比較して、

自分よりもだいぶ年下の子たちが必死に働いているのに、

自分は何を悩んでいたんだろうって思ったんです。

 

 

なので日本に帰ってきてからは、自分で学生団体を立ち上げました。

 

 

それが、「学生団体MI KAI」なんです。

就活支援を主な活動とする団体ですね。

 

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なぜそういった団体を立ち上げたかというと、

北海道の学生と東京の学生の差が大きすぎる”と思ったからなんです。

 

 

 

頭の良し悪しの話ではないですよ?(笑)

考え方とか、どこまで先を見ているかっていう観点でそう思いました。

 

 

 

北海道の就活生で北海道生まれの人は、北海道が大好きなんですよ(笑)

 

 

なので多くの人が、「北海道から出たくない」って言うんです。

 

 

 

それは地元愛があってとても素晴らしいことだとは思うんですけど、

本当は自分のやりたいことがあるのに、

「北海道にいたい」っていう理由だけで会社を選んでしまう人が

とても多くいるんです。

 

 

 

そういった点で、北海道の学生は損していると思うんですよね。

 

 

だけど、それっていうのは学生に責任があるのではなくて、

北海道の情報の少なさに責任があるんです。

就活生向けのイベントにしたって、明らかに東京の方が多いですからね。

 

 

 

なので、北海道と東京の就活生のギャップを、

僕の経験も活かしつつ埋めることができればいいなという思いで

就活支援をしたいんです。

 

 

 

それから、就活支援以上のことも目標にしています。

 

それは、自分の目標やキャリアというものを、

もっと早い段階から考えてほしいという思いが

僕自身の中にあるからなんですよ。

 

 

 

例えば、いろんな就活生に話を聞いても、

「就活があるから自分の将来を考える」という人が多いんですよね。

 

 

でも、きっとそれでは遅いと思うんです。

 

 

 

なので僕たちの団体の最終目標は、

自分の将来について早い段階から考えてもらうような機会を提供したい

ということなんですよ。

 

 

 

それに付随して、すでに就活が終わっていて、

これから社会人になっていく人々へ向けたイベントも

やっていきたいと思っています。

 

 

 

と言うのも、実は僕、大学3年生の時にも就活をしているんです。

そのときは将来やりたいことを深く考えず、

「とりあえず大企業に行けばオッケー」みたいな軽いノリだったんですね。

 

 

そんな気持ちでやっていたくせに、何を間違ったか、

ある大手の企業さんから内定をいただいたんですよ。

 

 

それでその後、その企業さんでインターンをさせていただいたときに、

何もおもしろさを感じなかったんです。

 

ルーチンワークの繰り返しで、新しいことをつくるというより、

現状をキープしようというスタンスだったんですね。

 

 

なので、これが10年20年続くのは無理だなと思って、

結局辞退させていただいたんです。

 

 

 

それで、大学院に行ってからもう一度よく考えて就活しようと思ったんですよ。

 

今回2回目の就活が終わって、それが自分なりに満足のいくものだったので、

そういった自分の就活の経験も活かして団体を運営していこうと思っています。

 

 

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繋ぐ思い。そして夢の実現へ。

 

 

僕が海外を歩いた経験や2度の就活の経験を踏まえて、

今の学生に伝えたいことは、

自分に言い訳しないでほしい」ということなんです。

 

 

例えば、海外に行きたいと言っている人でも、

結局は行かないで終わってしまう人がいるんですね。

 

そういう人たちになぜ行かないのかを聞くと、

「英語喋られないし。」とか「お金ないし。」とか言うんですよ。

 

 

だけどそういうのって、自分の努力次第で何とかなると思うんです。

 

 

 

僕も大きいことは言えませんが、やりたいことがあるのなら、

小さいことに言い訳をしないでやってほしいと思います。

 

 

まずは失敗してもいいので、たくさんチャレンジをしてほしいんです。

 

 

 

 

 

それから、僕にはいまがあるんです。

 

 

さっき北海道の人は地元愛が強いという話をしましたが、

僕も地元・大阪に対する愛が強いんですよ。

 

 

 

なので僕は将来的には、大阪で会社をつくって、

大阪自体を元気にしたいんです。

 

だけどそれって、とてもアバウトな夢ですよね(笑)

 

 

 

なので、まずはどうして今の大阪は元気がないのかっていうのを考えたんです。

 

そしたら理由が2つありました。

 

 

1つは、観光資源がないからなんです。

 

みんな、京都に行っちゃうんですよ(笑)

なので人が集まらないんですね。

 

 

それからもう1つは、大阪に限ってではないんですが、

中小企業さんに元気がないんです。

 

最近は中国で安く大量生産ができるので、

大阪の町工場に仕事が流れてこないんですね。

 

それで現実問題、中小企業がつぶれてしまうことが多いんです。

 

 

 

それらを踏まえて、僕には何ができるのかを考えました。

 

 

そして出した答えが、

大阪の企業さんをコンサルティングしていきたい」ということだったんです。

 

例えば中小企業の社長さんの中には、

まだかなりの数でアナログな方が多くいらっしゃるんですよね。

なので、そういった方たちをIT面で支援していくことが可能だと思うんです。

 

 

そういう風に、自分を育ててくれた街を元気にしていくことが、

いまの僕の最大の“”なんです。

 

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一生のうちに訪れるチャンスは、一体どれくらいなのだろう。

 

数は分からなくとも、

彼はその全てを自分のモノにしているようであった。

 

 

今までの経験の中で、彼が見てきたモノ。

それらを活かして、団体を含めた様々な活動で次の世代へと繋げていく。

 

そう語ってくれた彼の目からは、強い信念が感じられた。

 

 

 

過去の、人付き合いを避けていた男の姿は、もうどこにもない。

 

 

そこにいるのは、高山 道亘。彼だけである。

 

 

 

 

【文責】山田 祐也         

【写真】高山 道亘・山田 祐也