西村翔平さん

学生と社会をつなぐプラットフォーム。

NAGOYA学生キャンパス「ナゴ校」

 

参加する学生の数約600人。

 

行政と学生が手を取り合い、

街の魅力を発信する団体が名古屋にあります。

 

その代表が、卒業され、新しい世代へ代替わり。

 

社会人に踏み出す3日前。

これまでの想いを聞かせていただきました。

 

西村翔平
名古屋大学工学部4年(インタビュー当時)
大学1年の終わり頃から、学生と名古屋市の連携団体
「NAGOYA学生キャンパス『ナゴ校』に所属、2012年度より2年間、学生代表を務める。
「“個人の活性化”による“名古屋の活性化”」を目指して、多々活動中。

ナゴ校:http://www.gakusei-cam.com/

報告会

 

ナゴ校とはどんなものなのだろう。

2010年のことでした。
名古屋市の河村市長が、「名古屋には学生が13万人もいるのに、
関東・関西と比べて元気があるイメージがない。だからこそ名古屋を学生の街にしたい」という想いを持たれていたんですね。

名古屋の学生が活性化すれば、名古屋も活性化する。
学生と何かを考えるイベントをやりたいと彼が言ったときに、その組織を市で作ろうと。

そこで「名古屋を一緒に盛り上げたいと思っている若者たちと一緒になにかしたいので、話し合いましょう。」とメールを、名古屋市が各大学に送りました。

すると学生たちからの反響があって、
結果的に「名古屋学生タウン構想推進委員会」というナゴ校の前身となる組織ができました。

当時は60年前から続くなごや祭りにおいて、若い人たちの来場者が減少していたので、
学生たちがイベントを開くことで勢いを盛り返すのではないかと考え、
学生で盛り上げていこうと動き出していきました。

 

そこから活動も広がりを見せる。

ただ、それだと活動が1年に1回しかないので、
名古屋を盛り上げる企画を考えていったんです。

すると、いろんな企画がポツポツと出来上がり、名古屋のCM作成、
名古屋の各大学のパフォーマンス団体の発表機会の提供などをしていきました。

そんななか、「名古屋学生EXPO」っていうイベントを開く過程で、
名古屋の各学生団体に声をかけていったのですが、
その段階で私たちの知名度も上がっていき、団体の規模も大きくなっていったんですね。

だから、「ここで一端まとめましょう」という話になって
今の「ナゴ校」が2年前に出来上がりました。

 

当初は大学内で学生団体に参加していた西村さん。

もともと名古屋大学の大学祭で学生委員をやっていました。

いろんな人と一つのものを作り上げることはとても楽しくて、
いろんな仲間が増えて、深い繋がりもできました。

 

ただ、全てが楽しかったとも言えないと話す。

学祭はどうしても大学の中で完結してしまう。

そんななか、「どんどん自分の世界を広げていきたい」という
好奇心が広がっていって、「街」というものに興味を持ち始めた。

そのとき、僕の友達がナゴ校の前身だった「学生タウン」に入っていたんですね。
それで話を聞いて入ってみたら面白くて、そこから精力的に参加していきました。

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「ナゴ校」は単なる学生団体ではない。
入ってみて、彼もその部分を学んでいった。

学生団体なので、学生中心なのかと思っていたんですが、
行政の人たちも「ナゴ校」専門の部署を構え、真摯に取り組んでいました。 

企画内容は学生が考え、環境や予算の部分は行政の方がメインだったんですね。 

だから、行政の方に書類を提出する、
報告書を作成するという作業は当初慣れない部分ではありました。

学生団体では、自分たちのやりたいように進めていけますが、
街において行政の方と取り組む上で、予算も提供していただく以上、
責任の部分は意識していました。

 

彼自身は「ナゴ校」でどんな企画に取り組んでいたのだろう。

当初から「これをやりたい」という目標があったわけではなく、
「楽しいことをやりたい」という想いだけでやっていました。

 名古屋城で開かれる「宵祭り」の学生ステージの企画や東山動物園での学生ステージ。
名古屋祭では、ギネス挑戦を銘打ち、
世界最大の折り紙モザイクアートっていうのをやったりもしましたね。

その後、学生EXPOの副実行委員長をさせていただいて、ナゴ校の代表になって、
団体の顔として表に立って動いていきました。 

その過程で,学生SPOTというナゴ校内の
学生間交流を促進する団体を構えたりもしました。

自分のやりたいことだけをやってきたので、
全然無理はしてなくて、大変にも感じなかったですね。 

 

印象に残っている企画をあげていただいた。

ギネスに挑戦したことですね。

夏休みのすべての時間を作成に費やしたんですよ。
その頃は団体に人数も少なく、ギネス担当の人も5人ぐらい。 

材料の発注から段ボールを集めるために、
名古屋駅や栄のいろんな店を駆け回って、段ボールをかきあつめて、
折り紙をペタペタと貼って行って、設計図も書いて・・・。

一番労力も気力も尽くしていったのがその企画でした。

名古屋まつり当日、名古屋城の広場を貸し切って、モザイクアートを並べました。
新聞社もヘリコプターを飛ばして取り上げてくれて、
翌日の新聞に大きく掲載されているのを見たときには努力の甲斐があったと思いましたね。 

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代表になってから、想いも変化していったと言う。

名古屋を盛り上げたいと考えて活動を始めたわけではなかったんですが、
学生タウン、そしてナゴ校に関わり始めて、名古屋というものを知っていって、
魅力的な部分をたくさん知って、どうしてこの街の魅力が伝わってないのか歯がゆさを感じたんですね。

それは自分の大学でも言えることで、名古屋大学を最初から目指してきた人は限られる。
関東、関西が良かったけど、しょうがないからとりあえず名古屋に来た。

そういう風に思われている名古屋が嫌で変えたいなと思うようになりましたね。

 

街と向き合う過程で、自分自身とも向き合えるようになったと話す。

自分自身も名古屋に関わる活動に参加して、
名古屋を好きになって、自分自身とも向き合えるようになりました。

もともと名大の工学部で勉強しているんですが、
就職先も関係ない文系の分野で活動して、自分の進路や
人生をかけて自分が何をしたいのか名古屋の学生たちにも考えてもらいたい、

いろんなことを伝えていくために活動をしたいなと思うようになっていきましたね。
その想いが代表になったきっかけでもあります。

 

ナゴ校のモットーはやりたいことをやる。

個性の活性化、個人の活性化が総じて名古屋の活性化に。

あとは自分自身をいかに楽しんでいけるか。
そんな環境を作るために、まずは自分自身が楽しんでいけるようなことをしようと。

代表だから言葉で語るというよりは、
背中で語っていきたいなと思ってやってきましたね。

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ナゴ校は公園のようなもの。

企画を遊具だと捉えてみてください。
どんな遊具で遊んでもいい。自由に来て、自由に遊んで、自由に考えて、新しい遊びを考え出してもいい。

そうすることで、公園としてのフィールドも広がるし、もちろん学べることもそこにはたくさんある。

そんな公園が、誰でも来ることのできる公園を名古屋に作ること。
それが僕の最終目標でした。

 

そんなナゴ校に今後も関わり続ける後輩たちへの想いを聞いた。

僕の代が卒業すると、当初から携わってきたメンバーがいなくなって、
行政の職員さんも入れ替わっていく。

それでも、想いはきっと繋がっている。

学生が自立していけるような、自分たちで完結していけるような
強い団体になっていってほしいという願いはありますね。

 

場所は変わっても、想いは変わらずに。
ただ、「面白い」に正直に。

これからも名古屋を発展させるために考え続けていくと思いますし、
今までとは別のコミュニティでも名古屋について考えていきたいですね。

 

ふとしたきっかけが、

自分の未来を豊かにしてくれる。

  

そんな場所が名古屋にある。

  

関わり方が変わっても、立場が変わっても

想いは変わらず。

 

 

名古屋の未来に寄り添い続ける。

 

 

 

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【文章:江口 春斗】

【写真:西村 翔平】