タイトル

 

「でっかい夢を持たなくちゃいけない」
「もっともっと幸せを追求しなくちゃいけない」

 そう言って自分を駆り立てるとき、
僕らは「今」を「不幸」にしてしまう。

 そんな僕らの目の前で、
「今」を「しあわせ」に生きる、二人の『ハッピーボーイ』が、
日常的に、奇跡のように、出逢いました。

 

 

景山プロフ

霊河プロフ

(単独インタビュー:http://tsunagalien.com/no.247.html )

 

 

出逢い

Chapter1 ふたりの、出逢い。


−−−「悩みなさそうでいいなあ」最初、僕がそう思ってしまったことを、今ココで、告白します。

−−−二人の出逢いは「ありがとう」の言葉から始まりました。

 

なおき
今日はありがとう!一度きちんと逢いたかったから今日は本当に嬉しいわ!

たいちゃん
こちらこそ!京都までわざわざ来てくれて本当にありがとう!今日も幸せや!

 

−−−二人は何故、こうして出逢うことになったのだろう?
−−−二人の「しあわせ」「ありがとう」に少し気圧されつつ、その経緯を尋ねてみました。

 

たいちゃん
ある程度面識はあったけど、こんな風にきちんと話し込むことはなかったよね。

なおき
共通の友人のすすめが大きいかな。たいちゃんも俺も普段から「しあわせ」って言葉をすごく多用していて。そのことを知ってる共通の友人から「一回逢ってみて欲しい」「どんな化学反応が起きるか見たい」と何度も言われてたから、俺自身めっちゃ逢いたくて。

たいちゃん
おれも何回か言われたなあ(笑)
お互い『関西のハッピーボーイ』なんて呼ばれながら、色んな人と出逢ってるからかな。まあ、それも全部「御縁」やね。本当にありがとう。しあわせや!

 

−−−この出逢いを「御縁」と語り、心から嬉しそうに、言葉を交わす二人。その様子に、僕はひとり驚いていました。
−−−なぜ?それは二人の言葉に嫌味がなかったからです。「しあわせ」の言葉に虚飾が感じられなかったから。

 

 

しあわせ2

Chapter2 ふたりの、しあわせ。


−−−とはいえ、彼らの「しあわせ」とはなんなのか、そう簡単に口に出すような言葉なのか。僕にはそれが疑問でなりませんでした。「定義が知りたい」そう二人に問いかけます。

 

たいちゃん
定義かー(笑)
おれが「しあわせ」を見出すのは「出逢い」に対してやなあ。人・モノ・出来事に出逢った瞬間が、おれにとっての「しあわせ」です。ほんまにジャンルとか問わずで「出逢い」が「しあわせ」

生まれてからの18年間は「しあわせ」って思えないようなことがすごく多かった。まあ、その頃は、やけど(笑)

寺に生まれたから、跡取り息子としてのレールがあった。だからこそ夢をいくつも諦めてきたけど、この人生じゃなければこれだけの出逢いはなかった。今までの人生で関わってきた誰にも会えてなかった。今日、ここでなおきとも出逢えてない。そう思うと「しあわせやなあ」って。

なおき
ありがとう。俺にとっては「“在りたい自分”に近づいている過程」だと思ってる。自分の中に在りたい像がいっぱいあるから、それに近づいていると実感して「しあわせ」って思う。ほんまにしょうもないことでも構わなくて、ハードルはめっちゃ低い。

大きな出来事じゃなくてもいいねん。日常的で些細なこと、例えば誰かの力になれていることや誰かをちょっと笑顔にしてること、全てが「自分にとって在りたい姿」やから、それを日々実感して「しあわせやなぁ」って感じる。だから今もめっちゃしあわせ。

たいちゃん
正直言うと「しあわせ」を定義付けたり、設定してしまったりするのがあんま好きじゃないなー(笑)

しあわせの定義があれば「幸せじゃない状態」をより強く意識しちゃうよね。けど「しあわせ」ってそんな簡単に打ち消せるものじゃないと思うんよ。あと大げさに掲げてしまうものでもなくて。

なおきの言う通り、もっとありきたりで、否定できない、ゆるいものであってほしい。

 

 

ハッピーボーイ。

Chapter3 ふたりの、ハッピーボーイ。


−−−人によって彼らをどう捉えるかは異なるように思います。「能天気」「楽観的」「ハッピーキャラ」皮肉を込めてそう呼ばれることはなかったのでしょうか。

 

なおき
俺だって、しんどいことがないわけじゃないし、嫌なことだってたくさんあるよ。けど、しんどそうな俺を見たところで、誰もいい気持ちにならんやん。俺が「しあわせ」って口にするのはやせ我慢とか無理とかではなく、そう言いながら「少しでも周りの人を明るくしてる」っていう自分の在りたい姿を大事にしたいからで。

たいちゃん
おれは「目の前の出来事にどんな意味をつけようか」っていつも考えてるな。しんどいことは、しんどくても「しんどい」のまま腹に落とさない。自分にとって意味のあることに消化してる。

財布落としたら「マジかよ…!」ってなった後、「最低や…」って俯向くんじゃなくて、「拾った人ラッキーすぎるやろ!」って笑い飛ばしてみたり(笑)

なおき
俺も8万と定期入った財布落としたことあるわ!凹まんかったけど(笑)
大事なのって、起きてしまった事実にどんな意味を見つけるかだと思う。

楽観的なのではなく、肯定的。

 

−−−意味を見つける。価値を与える。簡単なようでいて、すごく大変なことでしょう。その姿勢は、いったいどこから来たのでしょうか?

 

なおき
俺の場合は、自分の過去が本当にどうしようもないほど、どん底のクズ人間だったこと。中学時代にグレて、人にビビられることに優越感を感じてた。そのせいで俺の学校はずっと変な雰囲気だったし、俺のせいで不登校にしてしまった同級生もいっぱいいる。

この事実は、今さら変えられない。けど、俺がきちんと受け止めず自分の糧にしなかったら、そんな、人を傷つけた、迷惑かけた過去がただのイキった武勇伝になっちゃうやんか。たとえ、自分の過ちが消えないとしても、自分でどうにかしてこの事実に価値をつけて、活かしたい。これは俺の使命だと思ってるし、誰かの役に立つことが死ぬ程嬉しい。

こんな自分が、生きていて、いいってこと。誰かの助けになれるってこと。それだけで死ぬ程「しあわせ」や。

たいちゃん
分かる!だって別に「ハッピーボーイ」って「お気楽元気っ子」って訳じゃないよな。悩むし、考えこむし(笑)
ただ、その悩みとかしんどさを全部ひっくるめて「しあわせ」に消化するだけ。受け入れて、一緒に付き合っていくだけ。

だって、そうじゃなきゃ生きてこられなかったかもしれないんよね。

おれ、中学・高校の、いわゆる多感な時期に身近な人の絶望や死に人一倍接してきてさ。目の前で突然自傷行為をされたり、ずっと相談に乗っていた友達が目の前で飛び降りたり。大好きだった人を大事な日に失ったこともある。チームメイト、親友の中でも、もう二度と逢えない人がいる。

過去の自分は、そういったことを家族や友達にも相談することが出来ず、素振りさえ見せられず。ひとりで悩んで苦しんでた。苦しみながらでも、受け入れてこなかったら、今ここに、この自分は絶対いない。

やっぱりさ、命って、あっけないんよ。そもそも仏教の観点から言えば、人生なんて苦しみの連続でしかない。けど、その中でおれらはささいなことでも嬉しかったり、楽しかったりする。人と出逢える。それが「しあわせ」じゃなくてなんなのかって思う。

だから、今日、ここで、出逢ってくれて、ありがとう。

 

 

だいじょうぶ。

Chapter4 だいじょうぶ。


−−−「僕なんか普通だから」「そんな特別な過去もないしな」と、僕は言い訳を探しました。そんな僕の心中を知ってか知らずか、二人はこんな話を始めます。

 

なおき
たいちゃんもかな、最近、就活で悩んでる人から相談受けることが増えたよね。

たいちゃん
そやね。みんなすごく悩んでる。モヤモヤしてたり、不安だったり。

なおき
それは俺らがいつも「しあわせや」って口にしてるからやと思うんやけど。ただ、どうしても気になることがあって。それは「私なんか」とか「なおきと違って」って言葉。俺にはどうしてもそれが見過ごせないんよね。

だって俺らなんも「特別」ちゃうもん。みんなと一緒やもん。

たいちゃん
間違いない!その土地で、その家族に囲まれ、その仲間と共に過ごし、今、ここにいる「あなた」って他におらんもんな。おれらは、今、ここにいて。そのことがどれだけ特別なことなのか。どれだけすごいことなのかって知ってほしい。

なおき
な!だって、みんな「そう」やんか!

「その人にしかできないこと」ってみんなが悩んでるけど、その人がしてきたこと全部が「その人にしかできなかったこと」やろ!?
その人がやってみたいって言ってること全部が「その人にしかできないこと」やろ!!

俺はクズ人間だった。今でもその事実は変わってない。そんな俺が今、こんな風に「しあわせ」にみんなと関われている。人と「しあわせ」に生きられている。

だからこそ、自分を見くびらないでほしい。自分の人生に価値を見出すのは、自分にしかできないから。だいじょうぶ。絶対に、だいじょうぶ。

たいちゃん
なるほどなー。
その“自分の人生に価値を見出すのは自分”に繋がるかは知らんけど、おれもこの春、大学やめるよー。

なおき
マジで!?

たいちゃん
そう!
お坊さんとして自分の在り方を貫くために、たくさんの御縁に触れたい。色んな経験をしておきたい。でも、その中でおれにとっては、明日中学の友達と再開することも「夢」やし、明後日初対面の人に泊めてもらうことも「夢」なんよね。

ちっぽけに見えることが「夢」でも恥ずかしくない。どんな些細なことも「しあわせ」に思える。大げさに掲げなくてもいいと思う。人生は「有難い」ことばっかりだから。その一つ一つを大事にしてほしい。意味を見出したいと思うよ。だからおれは、どんなことがあっても「有難う」って言う。口に出すことから、始める。 

僕らは「しあわせ」や。出逢ってくれて、ありがとう!

 

 

 

しあわせに、なる。
その必要はないのかもしれません。
大事なのは、しあわせに、気付くこと。

夢を、見つける。
本当に持ってなかったのでしょうか。
大事なのは、夢に、してあげることかもしれません。

 悩んでも、苦しくても、僕らは「しあわせ」なんだ。
ちっぽけでも、「夢」って言っていいんだ。

 「絶対に、だいじょうぶ」
そう言って二人は、僕の背中を、そっと押した。

 

 

 

締め

 

 

文:藤本賢慈
写真:宮村優哉