長野さんヘッダー

神戸学院大学 4年生
長野 佑樹

 

オタクじゃなくてプロになる

「香りがすごくいい。
後味がすっきりしているから何杯でも飲めるようなコーヒー。」

そういってコーヒーを啜り、香りを楽しむ。
ここは長野さんおすすめの神戸にあるコーヒー屋さんだ。

「違いなんてさっぱりわかりません。」と眉間にしわを寄せる私に、
彼は細い目をめいっぱい大きくして答える。

「いや、僕も味の違いまで細かくわからんで!
今はまだ飲み比べをして自分の好きなコーヒーを見つけているところやから!
好きなコーヒーを見つけて、それを基準にすると味が分かるようになるんやって。
僕は早く違いを言えなあかんなぁ。」

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もともとコーヒーが大好きだったわけではないらしい。
彼がコーヒーの勉強を始めたのは、就活を終え内定先を決めた後だった。
彼の内定先はコーヒーが有名な飲料メーカーだ。

私には不思議だった。内定先が飲料メーカーだからコーヒーの勉強をするなんて。
そこまで勤勉にならなくても、企業が勉強会や研修を受けさせてくれるのではないだろうか。

「内定者研修に行ったときは意識高いねって言われたよ。
たしかにめちゃめちゃコーヒー好きってわけじゃないけど、
こんなにこだわるのは『プロ意識』があるからやと思う。」

プロ……?

「僕、人の人生の役に立ちたいって思いがあって、
『長野さんがいてくれたから今の自分がいる』
って言ってくれたら本当に嬉しい。
そんなことを言ってもらえる人になりたいねん。

来年から働かせてもらえる場所がコーヒーを提供しているのなら、
僕はコーヒーを通して目の前の人の喜怒哀楽を受け入れて、
この先の将来を共に考える人になりたいと思ってる。

そうするためには自分だけが「おいしいな」
って満足するのは違うと思う。
やからオタクじゃなくて『プロ』になりたい。」

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まっすぐと私の目を見て、かつ慎重に言葉を選びながら語る長野さん。

 

『人の人生の役に立ちたい』

私が彼に初めて会った時もそう語っていた。

長野さんは去年、1000人の前で自分の夢を
10分間で発表するイベントのプレゼンターだった。

半年間かけて自分、そして過去と向き合い、夢を明確化していた。
彼の夢、そして意志が強固なものになり夢を成し遂げられるように、
周囲は彼に協力した。

私もそのイベントの実行委員として長野さんとたくさん話をした。

長野さんには忘れられない友達がいる。
家計が苦しく、自分の夢を追えずに働かなければならなかった人だ。

長野さんは彼のように家計や家族の問題で
自分の夢を追うことができない人を一人でも減らしたい、
自分が力になりたいという夢があった。

一人の人間の一生を支えたい。

ファイナンシャルプランナーの資格を取り、
子供の人生設計を共に考えていく保育園を経営しようと考えた。
人の一生に寄り添える人間、
ライフプランを共に考えられる人間を目指していた。

だが、長野さんの夢は久しぶりに会った友人の言葉により一転した。

「夢の原点である友達に会って、
『お前はお前の夢を追え。』と言われてん。
それで自分の夢が何かわからなくなった。

友達は僕がそういう夢を描いていることや
ファイナンシャルプランナーの資格を取ったことを
おせっかいだと感じているみたいだった。
そのとき、もし本当に困っていたら
彼は僕に助けを求めるはずだと気付いて、
助けてあげたい人がいなくなって……。

でも目の前には大きな舞台が用意されていて、
周りの人や実行委員の人がすごい助けてくれたり、
応援してくれて、ありがたいと感じたけど、
すごいプレッシャーにもなった。

プレゼンの用意をするのもすごく
『やらされている』と感じてしまって……
目の前の大きな舞台にビビッて、怖くて、だから……

逃げた。」

長野さんはイベント本番の2週間前にプレゼンターを辞退した。
逃げてしまったのだ。

 

口癖は「死にたい」

逃げてからの長野さんは苦しい日々が続いた。

「自分が出なかった舞台を観客として見に行って、
その次の日には大学に行って、それで、
その次の日から外に出なくなった。
家から出られなくなった。

大きな舞台に立てず、何も得れず、
この半年を費やしてただただ周囲に
迷惑をかけただけやと思ってん。

自分を責めて、
こんな人間誰も雇ってくれないと思うと何もできなくなって……
一日の半分は寝てた。

人生ががらりと変わった。」

いつしか「死にたい」が口癖になっていた長野さん。
劣等感に押しつぶされ、社会にとって必要のない人間だと思ったと彼は目を伏せながら語った。

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その日々で気付いたことは『自分の弱さ』。
そして、『その弱さを誰かに見せること』がどれだけ大事かということ。

「病院にも行ったりしたけど、
今こうやって普通に過ごせるのは
ある人が声をかけてくれたから。

自分がやめたイベントの
去年のプレゼンターさんが気にかけてくれてん。
学生のファイナンシャルプランナーを紹介してくれて、
その人が主催するセミナーに行ったんよ。」

 

逃げたから描く夢

そこでわかったことがある。

「今までの自分は安定を求めて泥臭いこと、
苦しいことをしてこなかったなって気付いてん。
困難を乗り越える前に逃げてしまった自分は
まだまだやったって感じた。

僕は、このままで終わりたくないって強く思った。」

そうして日常に戻る決意を決めた。

もう居場所がないと思っていた大学で長野さんを待っていたのは、
これまで就活に向けて共に頑張ってきた仲間だった。

「ゆっきー(長野さんの愛称)がボランティアとかイベントに
挑戦していたから自分も動けたって言ってくれる子がいて、
それで、僕はここに戻っていいんやって思った。
必要とされているんやって感じることができてん。」

そうして長野さんの就活は年明けから始まった。
就活をしていて感じたことは
「仕事と趣味は一緒にしてはいけない」ということ。

今まで『好き』と言う気持ちや誰かへの想いで夢を描いていたが、
好き嫌い関係なく成果を出せる人はいて、
そこにこだわることは違うと感じた。

4月、彼は今の内定先に就職を決めた。
そこで『プロ』になる覚悟も決めた。

彼には今、新たな夢がある。

「コーヒーを通して人と人が関わりあって、
弱い部分も出せるような、落ち着ける場を創りたい。」

長野さんの人生から『人』は切っても切り離せず、
『人への想い』が原動力になっていることは間違いない。
だからこそ、これまでの彼は自分と向き合うことを忘れていたのかもしれない……。

でも今は違う。
自分の弱さを受け入れ、
他人に見せることで気付かされたことがあり、
新たに描く夢がある。

瞼を閉じれば、長野さんがカウンターでコーヒーカップを磨きながら、
誰かの話をじっくり優しい目で聞いている光景が目に浮かぶ。

あ、コーヒーのいい香り。

(文・写真 原優衣)