くまちゃん5

まちのくまちゃん
あるひ まちのなか
くまちゃんを よびだした
ひさしぶりだけど
やっぱり かお こわい

彼と出逢ったのは去年の春。同じ学生団体に所属していた。
専門学生で1年生から精力的にインターンシップに参加し、忙しい中、
自分のできることを見つけて必死に取り組む姿が印象的だった。

そんな彼についたあだ名は「くまちゃん」。
正直、顔怖いし反社会的勢力のメンバーでもおかしくなさそう(失礼を承知の上で執筆中)。
でもこんな顔してリラックマが好きなんです。
こんな顔して水族館の飼育員になるという夢があるんです。
そんな見た目からは計り知れない彼の深い思いを探った。

田 祐太
大阪動植物海洋専門学校 2年生

見る覚悟

くまちゃん、久しぶり!
専門学校やから今は就活中かな?

そうです!
水族館の飼育員を目指して1回生から研修とかインターンシップにたくさん参加して、今まで4回ぐらい行きましたね。ついこないだまでは北海道の水族館で研修を受けてきました。面接もいくつか受けています!ただ、水族館の飼育員は狭き門でなかなか……絶対諦めませんけどね!

492262704720

熱い!そこまで水族館の飼育員になりたいのはどうして?

 最初のきっかけは5歳の時、和歌山のアドベンチャーワールドで家族と一緒にシャチのショーを見たことです。今でも記憶に残っているぐらい印象的でかんどうしたんですよ。これが生き物とのふれあいって言うか……出会いでした。

それから部活漬けの学校生活を送り、高校2年生になって進路を決めなきゃいけない時期になりました。まず考えたのは働くか進学するか。僕は将来好きなことをして仕事をしたかったんで、自分の好きなことってなんだろうと考えて頭に浮かんだのが……あのシャチのショーだったんです。

そんなに心に残っていたんだね。

はい。
それで「水族館の飼育員になりたい!」と思ったんですけど、飼育員ってほんとに狭き門で、生半可な気持ちではその道に進めないから、ほんとに自分がなりたいのか確かめるために実習に行くことにしました。

実習先は岡山の小さい水族館でしたが、生き物と一緒に生活ができて、来てくれるお客さんがちょっとしたことで笑顔になってくれるんです!なにより、飼育員さんがすごい笑顔で……その人に「生き物が好きならこの仕事は天職だよ。」って言われて決意しました。

 高校生からしっかりしていたんだね。
生半可な気持ちじゃダメだって高校生で思えるのはすごいよ。

くまちゃんは岡山県出身だけど、どうして大阪の学校に進学しようと思ったの?

岡山にも同じような専門学校はあるんですけど、大阪の学校の方が就職率が良かったし、一人暮らしがしたかったんです。親のありがたみを知りたくて。実家にいると甘えちゃうじゃないですか。

界一良い家族 

うん。私、一人暮らしでちゃんと生活している人、尊敬します(笑)。
ご家族は心配されたり反対されたりしなかった?

両親と学校の担任の先生に反対されました。
大阪に行くと決めたときに先生とお母さんと三者面談したんです。先生には「大阪に行っても必ずしも飼育員になれるとは限らないし、もし飼育員の職につけてもお給料は少ない。それに正社員ではなく契約社員になる方が多いからいつクビになるかわからんぞ。」と先生に言われました。「それでも行きたい、なりたいんです!」と言うと、今度は家族と話し合うことになりました。

そしたらお母さんが貯金通帳を持ってきたんです。

 通帳?!

そうです。通帳には300万円入っていました。リアルでしょ(笑)。
お母さんに「2年間で学費が200万円程度。残りの100万円で生活できるの?」と言われました。「バイトもちゃんとして節約しながら生活します。」って僕が言い切るとお母さんはわかってくれて、「お父さんに聞いてきなさい。」と言われました。

そして父は「自分の決めた道なら行ってこい。」と言ってくれて、大阪に進学することが決まりました。

 素敵な家族だね。きちんと現実を見せてくれて、でも夢を応援してくれるんだ。

うち、弟が心臓病で親父は脳梗塞の後遺症で右半身が今も麻痺しているんです。
そんな中でお母さんが、将来ぼくが結婚するとき困らないように貯めてくれていたお金だったんで、「将来、お嫁さんをシンデレラにしてあげられないよ?」と言われました。「自分で頑張ります。」って言いましたけど感動しましたね。

良い家族のもとに生まれて幸せです。本当に家族には感謝しています。

 お父さんは全く反対しなかったの?

そうですね……。

僕ね、中学の時から野球がしたくて、高校でできるように勉強とか練習とか頑張っていたんです。でも僕が中3の夏、親父が脳梗塞で倒れました。高校進学を迷いましたが、家族が進学させてくれて、野球もさせてくれて、その3年間は体力的にも精神的にも学ばせてもらいました。親父は中学卒業してすぐに就職しているんで息子ぐらいは自由にさせてやりたかったんだと思います。

だから今回も行くなと言えなかったのかも。

 492252127663

 本当に素敵な家族だね。

うちは世界一良い家族ですよ。両親と弟と……この家族じゃなきゃ今の夢を持ててないと思います。

しさの根源

弟さんについて聞いてもいい?

大丈夫ですよ!
僕、昔は弟のこと嫌いだったんです。

 え?!

弟は結構重い病気で、僕が小学生の時、一番調子が悪かったんです。
風邪を引いただけで肺炎になるし、よく発作を起こしていました。
夜中に弟が発作を起こすとお母さんは僕を真っ先に起こして、紙とペンと時計を渡すんです。
親父は長距離のトラック運転手をしていて、家には弟とお母さんしかいなかったから、発作が何分くらい続いたのか、目の動きはどんなだったかとかそういうことを詳細に僕が記録しなきゃいけなかったんです。お母さんは緊急外来に行くため車を運転していたんで。
そうやって夜中に起こされるのも嫌だったし、その時期は入院もたくさんしていたからお母さんはしょっちゅう病院に行っていて、僕だけほったらかしにされていると感じていました。

そうやって弟が入院しているときはよくおじいちゃんの家に預けられていました。
僕は一番孫だったからおじいちゃんはものすごく甘やかしてくれて、欲しいものは全部買ってくれるしわがままをたくさん聞いてくれました。
その時の僕からするとおじいちゃん家が天国で自分の家が地獄だと感じていたんです。
弟がいなければ夜中に起こされることもないし、お母さんは自分のことを見てくれるのにって思っていました。

だからその時は弟のこと嫌いでしたね。

 そう思っちゃうのも無理ないよね。
そんなに嫌いだったのにどうして今は大事に思えるの?

小5,6年生ぐらいの時かな。耐え切れなくなってお母さんに「おれはおじいちゃんちの子になる。」って言ったんです。お母さんが「3分だけ私の話を聞いて。」って言いました。そして正座して面と向かってお母さんの想いを話してくれました。

「こんなおうちに生まれてきてつらいよね。普通の家やったらこんな生活しなくてよかったよね。ごめんね。お母さんもしゅんちゃん(弟)に病気を持たせて産もうと思わなかったし、そこは決められないことなの。

なんで祐太はこのうちに生まれてきたかわかる?
なんでしゅんちゃんのお兄ちゃんに生まれてきたかわかる?

それは神様が選んでくれたんだよ。祐太ならしゅんちゃんのお兄ちゃんとしてやっていけるって判断してくれたからしゅんちゃんのお兄ちゃんに祐太を選んだんだよ。

他の家から比べたら苦しいことばっかりかもしれないけど、この経験は祐太にしかできないことだよ。しゅんちゃんがいなかったらわからないことなんだよ。しゅんちゃんがいるから命の大切さをこんなに感じることができるんだよ。」

こう言われて僕は「神様に選ばれたんならしゅんちゃんのお兄ちゃんとして頑張ろう。」って決めました。この時から弟への見方が変わったんです。

 どう変わったの?

弟の立場になって考えるようになったんです。
あいつは毎日薬を飲んで、入退院を繰り返して、手術もたくさん受けて、でも毎日ずっと笑ってる。きらきら笑ってる。もし自分が同じ状況なら耐えきれるかわからないのに、弟はきれいな笑顔で幸せそうに暮らしてて、すごいなって感じました。僕が落ち込んで帰った時も弟は笑ってて、僕はそれを見て「俺もこんなことで負けちゃダメだな。」って感じるようになったんです。弟に負けたらお兄ちゃんじゃないでしょ?(笑)小さな命かもしれないけど一生懸命生きることの大切さ、命の尊さを感じました。

492252416763

 家族全員がすごく前向きなのが伝わってくる!くまちゃんの優しさの根源だね。

僕を作ってくれたのは家族であり、弟です。

 そんな素敵な家族の応援を得て今、くまちゃんはどんな飼育員になりたい?

夢を与えたいです。僕が今の夢を持ったのはシャチのショーを見たからです。水族館に夢をもらいました。だから僕も来てもらったお客さんに夢を与えられるような仕事をしたいです。動物を好きな人はたくさんいるけどもっと好きになってほしいし、なにより命の大切さを知ってほしいと思っています!

 

私はこのインタビュー中、驚くことばかりだった。
まさか彼がこんな大変な経験をしていたとは。
まさか彼にこんな熱い想いがあったとは。
でも私は確信した。
くまちゃんはきっと素敵な飼育員になる。
だって私、今すごく水族館に行きたくなってるもん。

(文・写真 原 優衣)