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「僕、京都産業大学の景色を変えたいんです。」

 

イベントで出会った時、彼は強い想いを語ってくれた。

いわゆる意識高い学生というのは
外に外にと出ていくイメージの中で

彼はなんだか違う気がした。

 

とはいえさまざまな肩書きを持つ彼は
何を原動力にして生きているのだろうか、気になったのだ。 

なるほど
『社会人と学生を繋げるアホと真面目のハーフ』とは
こういうことだったのか。      

 

 

津田俊介(Shunsuke Tsuda)
島根県生まれ。父の影響で幼少期からサッカーに打ち込み、大学進学を機に経営の道へ。
京都産業大学生と、社会人、他学生を繋げる『社会交流団体:RaFyeS』代表、経営学部『Jr.マネジメント研究会』10期代表、社会人と学生でプレゼン議論を行う『PrsnT in Kyoto』主催など。枠にとらわれない出会い、交流の素晴らしさの共感を広げ、人と人を繋ぐ活動を行ってきている。

  

 

僕の人生、サッカー抜きでは語れません

そっか、人生は常に勝負だったんだ。

 

——俊介君はサッカーをやってきたそうですが、何かそこから学ぶことも大きかったのですか?

そうですね。僕は高校3年生まで、サッカーを15年間やってきて、まずは“諦めないこと”と学びました。小学校でもサッカー強豪高校に入った時も、チームで一番ヘタクソだったんですよ(笑)。

両親の支えもあり、1人で毎日必死に練習し続けたことで小学校ではキャプテンに選ばれましたし、高校では3年生の最後の最後に光が射してきて、試合でスタメンに選ばれるまでになったんです。

僕はこうしてサッカーからは、“諦めないこと”を学びましたね。

 

——サッカーで努力が実る経験をしてきたのですね。

ただ、サッカーが与えてくれた教訓もありました。高校最後の冬の選手権、僕らの高校は県内でも優勝していたので、天狗になっていたんですよね。

すると選手権の地方大会で、負けてしまったんです。メディアの取り上げられる予定だったのもパーになりましたし、全国選手権大会まであと2ヶ月仲間とサッカーが出来ると思っていたのに。ずっと泣き続けましたし、すごく落ち込みました。

人生は怖いもので、“確実なことなんてない”と強く思い知らされましたね。

 

——サッカーの道が断たれて、その後はどうしたのですか?

ラストの高校生活を、尊敬する恩師とお話したり本を読んで過ごしましたね。ジョブズや孫正義の本に出会い、恩師と語る毎日で、その人たちはみんな同じように言っていたのが『人生は常に勝負だ』ということだったんです。

チャンスがなくなることはないけれど、掴むか掴まないかは自分次第なんですよね。やから、今うまくいかなかったからといってそれで良いはずがないと思えるようになりました。

マイナスな要因ばっかりだった時期に、その言葉が新たな事に挑戦する意欲をかき立たせてくれましたね。人一倍落ち込んで、人一倍支えられてきたことに気づかされました。

 

——サッカーを支えた両親や恩師の存在だったり、俊介くんの周りには素敵な人がいっぱいですね。

はい、もちろん!(笑)
それも僕は島根県出身で、田舎ってイメージしか湧かないと思いますが、島根はあったかい、やさしい、そんな素敵な場所なんですよ。おじいさんおばあさん多めですが(笑)。それも何倍も生きている人だからこそ、何倍も教えてくれることがありますし、モノはないけれど飽きない県だと感じます。

京都に来てから色んな人に自慢してます!それがキッカケになって島根に旅行してくれた友達がいて嬉しかったです。都会にはいっぱいものがありますが、僕には、島根にしかない誇りがあるんですよね。

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多様な価値観が本気でぶつかり、そこから生まれる無限の可能性

ひとつひとつの出会いを大切にした。気がつけばチャンスに変わっていた。

 

——そんな大好きな島根を離れ、京都の大学に入学した頃はどうでしたか?

一言で表すと、すべてがチャンスに見えました。田舎と違って若い人や、活発な社会人も多くて、必ず自分にプラスになる場所と感じたんです。最初の1年間で自分の大学生活が決まると思っていたからこそ、目にみえるチャンスをできるだけ掴みにいこうと思っていましたね。

初めの人との出会いを大切にするとその人にまた、別の人を紹介して頂いたり、貴重な体験に巡り会えたりしました。一瞬の出会いが次のチャンスに繋がると感じていたので『出会いを大事にしよう、ひとつひとつを大切にしよう』と心に決めていました。

 

——その中でも一番大きかった出会いは何ですか?

一回生の9月に出会った、常に輝いている社会人の方ですね。自分でいろんなことを創ってしまう方で、今は月に1度日本の未来についてプレゼン、議論を行う場『PrsnT (プレゼント) in Kyoto』というイベントを主催されていましたが、まず自分自身が楽しまれている姿がとにかく素敵だったんです。

僕も参加していきなり英語でプレゼンをすることになり、結果、ズタボロにされました(笑)。だからこそ社会人と大学生とでは、1つのものの価値観や、自分自身のレベルの見え方も違うことを体験して知る機会になりましたよね。

 

——社会人との差を知ることもとても大事ですよね。そうして『PrsnT (プレゼント) in Kyoto』の主催になったのですか?

そうですね、またこれがとても楽しいんですよ!大企業でバリバリ働いている社会人だったり、ベンチャー立ち上げたての社会人だったり、いろんなストーリーをもった社会人が集まっている中で、ディスカッションでもいろんな答えが出てくるわけですし、その環境にいることが快感になりました。

多様な価値観で考えて、悩んで、そこから生み出す無限の可能性を感じましたし、これもそれぞれの場所で本気でやっているからこそできることで、枠を飛び越えて違った自分を見られる場所だと感じます。

こういった価値観を身近な大学の友達にも色んな形で広げて、体験し理解してほしい、それから共感したいと思ってカタチにしたのが、『社会交流団体RaFyeS』なんです。

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一人一人が色を出している状態って、『生きてる!』って感じがしませんか?

意味のあることを楽しく魅せる、アホに魅せる、体験してもらう。そして、共感で繋がる。

 

——『社会交流団体RaFyeS』とは、どのような団体なのですか?

まずは京都産業大学の中から変えたいと思い、RaFyeS立ち上げました。コンセプトは“京産生と、社会人と、他学生を共感で繋げる”というもので、やはり自分の身の回りの人や、自分の大学内から共感を広げていきたいと思ったんですよね。

外の世界に飛び出すのもいいけれど、まずは身の回りの共感者を増やしたいじゃないですか。

このロゴにも想いが詰まっているんですよ。ワクワクから夢を作り、理想があるからこそ計画があり、行動があって成功に繋がる……僕たちはその原点になりたいんです。一人一人のためのものでありたいですよね。

 

——どうしても外に飛び出したくなる中で、普通、身の回りを大切にする選択はなかなか忘れがちですよね。どのような活動をしているのですか?

まずは大学内で誰でも気軽に語れる場を創ってみたいと思い『学生ランチ=RaFyeS*lunch』を行いました。4月に3回、大学のウッドデッキで開催しましたが初回以外全て満席でした。参加者が自分のこれからの学生生活について楽しく語る場という、僕の想う“村”がカタチになって嬉しかったですね。

7月に行った、RaFyeS×guchibankコラボ『京産生の声・愚痴聞きます!』という企画では、社会人・他学生ゲストを呼んで京産生の愚痴を聞き・集めるというもので、「声・愚痴聞きます!」という看板持って立っていたら、みんな興味示してきてくれるんです(笑)。

 

——どうしてまた、愚痴聞きを行ったんですか?

実はこの企画の裏側には大学への貢献というちゃんとした意味があったんです。

大学側から大学をより良くするため「学生の声が欲しい!」との要望があり、そこで“愚痴聞き”で有名な人の声に耳を傾けるスペシャリスト集団 guchibankさんとRaFyeSでコラボして学校に対する意見を集めたんです。愚痴は大学の問題点・改善点を照らし出す最高の資源ですし、何より楽しんで学生と教員、職員の架け橋になれたのが嬉しかったですね。

 しかも京産生と教職員どころか、他学生、お母さんと子供さんだったり、工事現場のおじちゃんが来たり、変なおじさんが来たり、言葉にできないような楽しい交流場所がそこにできたんですよ。そして結果的にも、短期間で130個もの声・愚痴を集めて、仲間との目標も達成できました。

 

——楽しくて自己満足ではなく、意味のある活動に落とし込んでいるところが素敵だと思いました!

ただ楽しいだけではなくて、ちゃんと意味がある場所を創れて良かったです。何より僕1人ではできないことですし、RaFyeSメンバーにはとても感謝しています。あと共感者に感謝ですね。ただ自分たちが意味を持って取り組みながらも、アホそうに楽しそうに見せて共感を生みたいですし、そういう仲間を増やしたいですよね。

最近、「意識高い系大学生(笑)」とかいう言葉が飛び交ってますよね。大きなことをしようと外へ飛び出したくなる気持ちも分かりますが、その行動の魅力が近くの人と共感できなければ寂しくないですか?いくら大学外に魅力的な場所を見つけたって、内部の人とわかり合えなかったら寂しいですよね。

まずは、家族だったり、近くの友達から大切に向き合っていきたいですね。

 

——俊介君には、大学に対するアツい想いがあるんですね。

まずは大学の景色をよくしていきたいんですよ。なんとなく『自分や大学生がいるなあ』ではなく、キャンパス内で夢について語り合っている人がいたり、自分が本当にやりたい活動をしていたり、一人一人が存在し、色を出している状態が素敵だと思うんです。これ、『生きてる!』って感じがしませんか?

一人でも多くの学生がそうあるべきだと思います。目の前にあるチャンスを大切にして多くの人と関われた自分が、次はそれを形にするべきだと思いました。

 まずは場所創りから、“点”が出会いならそれを大切にして、その“点”がまた別の“点”と繋がって“線”になって、最後は個々の“アクション”というカタチを作り出していきたいですよね。共感で繋がれば、そこは絶対にいい場所になっていくと実感しています。

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(RaFyeSのロゴマーク)

 

行動し、行動が実り、助け合える社会になってほしい

今はここから、いつかは島根に。

 

——すべてをチャンスと捉えていた入学当時から、2年目にしてどう感じていますか?

やはりその想いは変わりません。大学生だからこそ時間も自由に使えて、義務もなく、自分という人間を掘り下げられる4年間だと感じていますね。枠に囚われないことを学んだからこそ、違う種類の人間、例えば社会人、他学生の居る場所にいってみて他人を理解してほしいと思うんですよね。

僕は他人を理解してこそ自分が理解できると思ったんです。誰かの問いかけだったり、いろんなロールモデルをみて、自分の選択肢ができてきましたから。

 

——他人を理解してこそ自分が理解できるとは、今まで考えたことがなかったですね。

人生は自分のストーリー作りなんです。誰にでも『自分がコレをするために生きてきた!』と分かる日が来るんです。僕自身もまだまだなところはありますが、大学生が恥ずかしがらず自分の人生や将来のことを自然と語り合える場所を創り、自分の色をだせている人を増やしたいと思うんですよね。

だからこそ、まずは“共感”を連鎖させていきたくて、僕はコミュニティ作りをしていきたいんです。その場所が原点となって個々が行動し、個々の行動が実ることで、もっと支え合える社会の実現に繋がっていくと思うんです。

 

——将来はどういうビジョンを描いていますか?

自分の周り、生まれた地を大切にできる人でありたいですし、やはり「ふるさと島根」を地元の方と一緒に活性化させたいという想いがあります。だって島根って、スタバ1号店のオープンで500人以上が並ぶくらいですよ(笑)。

本当にゼロからのスタートだと思いますが、島根の中の活かされていない資源を、もっと活かし伸ばしていきたいです。沢山あります。そのためにも僕は、地方が都会に学ぶべき良い点を持って帰りたいですね。

無限の可能性を持った島根県が、僕にとって最初の地だからこそ、そこが最高の場所だということを沢山の人に共感していってほしいですね。身近な人たちと共感し、あたたかい話をできる人が近くにいることが、僕は幸せだと思っています。

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新しい環境を求めるとき
今までの環境を、切り捨てることもあるかもしれない 

それだけが選択肢ではなかったんだ
だったら最後は、みんなを“幸せ”に巻き込もう

 

隣の人を幸せにできずに、誰を幸せにできるだろうか

大切で忘れがちなことを思い出させてくれた彼は
これから、どんな“共感”を連鎖させていくのだろうか

  

Facebook:津田俊介(Shunsuke Tsuda)
Twitter:@ShunsukeTsuda

 

【文・写真:三宅瑶