Who is 田 未知?

専門学校を卒業して「happiness is…」を設立。

彼女はフィリピンへの支援を行いながら、日本とフィリピンを繋ぐ活動を行っている。


“日本の人たちが幸せについて考えるきっかけをつくりたい。身近な幸せをたくさん感じてほしい。”彼女はただフィリピンの貧しい子どもたちを支援している のではない。フィリピンの人たちの価値観や考え方を日本の人に伝えたい、日本の人の価値観を変えたいとイベントを行っている。彼女の笑顔がもつ魅力とは何 なのだろう。彼女の思いや素顔に迫る。

※この記事は【1章】と【2章】の二部構成です。

【1章】


――「happiness is
」とは主にどんな活動をしているんですか?


「happiness is…」は2012年4月22日から活動を始めた任意団体です。
正式名称は 「JAC団体 happiness is…」JACとは Japan Advocacy and Charityの略で
日本を拠点に意識の改革や様々な支援の形を考えていく団体です。


昨年度までは主に4つの活動をしてきました。


 青い鳥プロジェクト

  

一つ目は、

イベントに楽しく参加して違った幸せの価値観を見つけてもらうこと。
イベントを通して一人ひとりの価値観を共有することを目的としています。


近々やるイベントとしては、5月12日母の日の「映画の上映会」。また何人かゲストを呼んで幸せについて語ってもらいます。詳しくはのちほど話しますね。


二つ目は、

happiness Book さまざまな人が日常で感じる幸せを集める活動。 

スケッチブックに自分の思う身近な幸せを書いていただき写真として記録していきます。

主に大学生をターゲットとして、幸せについて書いてもらう事で、考えるきっかけを作る活動もしています。


スケッチブックには「ご飯をたべること。」「買い物すること。」本当にさまざまなことを書いてくれますね。“大学によって個性がでるなあー面白いな~”と 思ったのが慶応大学の学生の答えに「フル単をとること」ってあったこと。ひとそれぞれの価値観があるなあって気づかされますね。

 

三つ目は、

Tシャツを集めてフィリピンの子どもたちに寄付すること。

た だ寄付するだけじゃないんですよ。個々の繋がりをちゃんとわかるように、Tシャツを寄付する前に、私が寄付するとしたら私の体に、送るTシャツを当てて写 真を撮ります。そして向こうの人に渡ったらその人にもTシャツを体に当ててもらい写真を撮り写真を提供者へプレゼントします。


「透明な活動。確実に
に渡ったかわかること。」

Tシャツを集める時の基準は「自分がもらった時に嬉しいきれいさであること。」それだけです。向こうの人は本当に大切にしてくれます。だからTシャツは必ず手渡し。Tシャツを寄付した側もそれを届けた人も、そしてTシャツをもらった人も幸せな気持ちになれます。

 

四つ目は

見ると幸せを感じる事ができるまたは、幸せそうだと思って撮った写真集め。

メンバーだけでなく私たちの活動を知った全ての人を対象に「幸せ」をテーマとし撮った風景や人の写真集めて共有しています。

後に、厳選して写真集を販売する予定です。

――すてきな活動ばかりですね。

happiness is…ではイベントの参加費・写真集販売などの活動利益の8割をフィリピンで満足に食事を得る事のできないで暮らす子どもたちへの食事支援(または学資支援)として現地へ送っています。

 

――具体的にはどんなことをしているんですか?

公益財団法人団SYD(略:SYD)を通して現地のストリートチルドレンやスカベンジャーが通う学校へ支援をしています。

スカベンチャーって知ってますか??

――知らないです。

ごみ山に住んでいる子どもたちのことです。拾い集めたごみを売ってなんとか生活しています。フィリピンにはそうしたスカベンジャーもたくさんいるんですよ。

 

ゴミ山のあるパヤタス(地名)にはストリートチルドレンやスカベンジャーしか通えない学校というものがあって、私たちは昨年そこの子どもたち全校生徒に 「お弁当」を届けました。ごはんとチキンとジュースが入っている普通のお弁当です。向こうではすごく「豪華な食事」なんです。

――実際に未知さんはフィリピンに届けにいったんですか?

はい、行きましたよ。これが結構泣けるんですよ。お弁当一個を一人ずつ子供たちに渡すんですね。で、子どもたちは1口2口食べたらふたを閉めるんですよ。なんでかわかります??

――後で食べるためにとっておくんじゃないですか?

普通そう思うじゃないですか。でも少し違うんです。家族のために家に持って帰るんですよ。

5歳6歳の子供がふたをしめてお母さんのところに走っていく。その光景は忘れられないです。きっと何日にかに分けて家族で食べると思うんですけどね。

すごくお腹が減っているはずなのに、これを普通にやるんです。

――それは心に響きますね。子どもたちの純粋な心を目の当たりにしたんですね。

初めてフィリピンに行ったのは16歳の時。その時、フィリピン行く時の心情としては、「世界にはかわいそうな子供たちがいるから助けに行かなきゃ。」という気持ちでした。


日本って支援金を求める時って、子供たちのかわいそうな写真を載せてる記事や広告が多いじゃないですか。だから私もその影響を受けて「可愛想な人たちを助けよう」って気持ちを自然と持っていたんです。

 貧しい=かわいそう?


――フィリピンに行って感じたことは?

向こうの子供たちの目ってすごく輝いててキラキラしてるんですよ。もうとびっきりの笑顔でいて全力で迎えてくれるんです。なんかそれが不思議で不思議で・・・。

だってごみ山の中ですよ?なんで? 最初はそう思いましたね。

――それは大きな衝撃でしたね。

それまではキラキラした目って言われてもどんなの?

私は、見たことないなって思ってました。

でもフィリピンのゴミ山に着いて、最初に抱きついてきた子供の目を見た時、

「あ、これだ!」って。もう信じられないくらいキラキラしていたので。


――私も見たことないかもしれないです。私もフィリピンの子供のキラキラした目が見たいです。

写真ありますよ!

――わあ、ビー玉が入ってるみたいですね。

もうみんながキラキラしてるんですよね。


――でもなんでそんな風に子どもたちはイキイキしてるんですかね。その環境が不思議です。

16 歳の時は1週間のプログラムが終わってもわからなかったんですよ。だからわたしは「自分が子供だからわかんないのかなとか、彼らはゴミ山以外の世界を見た 事が無いから幸せそうなのかな」なんて思ってました。で、20歳になって少し大人な考えが出来るようにになってから行こうとその時誓いました。

 20歳で再びフィリピンへ


相変わらず子どもたちはごみ山の中でとびきりの笑顔で待っていました。

そして、ある時5人くらいの子どもが私のところに集まってきて

「あなたはせ?」

そう聞いてきました。


私は自分は幸せだと自負していたんで

「うん、幸せだよー」て答えてたんですね。

そうしたら

「何%幸せ?」

そう聞いてきたんですよ。

その瞬間にちょっと「え??」ってなっちゃって、でも100%とは言えなくて。

結局99%とにごした覚えがあります。この1%って何?

何よりなんで100%って言えなかったんだろう。100%って言えなかった自分が悔しくて・・・

それで子供たちに、

「あなたたちはせ?」

私も聞き返しました。そしたら、

「うん。100%幸せだよ。」

っていうんですよ。もう意味が分かんないじゃないですか!ごみ山で生活しているんですよ。

でも、全員が言うんです。1日1回ご飯を食べれるかもわからない子どもたちがそう思っているなんて・・と衝撃を受けました。

――子どもたちが幸せと感じる理由が知りたいです。

ここで明確にわかったことがあるんです。

「彼らは身近なせを大切にしている。」

ジェサベル・オメガ―ちゃん(12)。

この子が言ってた言葉なんですけどね。

「私は100パーセント幸せだよ。

な んでっていうとね、朝目覚めると太陽が輝いていて、家族がそこにいて、「おはよう」ってみんなでいう。家を出るときには「行ってらっしゃい」って見送って もらえて、外にはたくさんの友達がいる。家に帰ってくると「お帰りなさい」っていってハグをしてくれて、ご飯がなくても、夜遅くまで家族とたくさんお話を して、夜は「おやすみなさい」のキスをしてから寝るの。また朝目をさますと太陽が輝いていてね。そんな日が毎日続く。こんなに幸せなことってないで しょ。」


これを聞いたときこれが究極の幸せだなって思えたんです。それを感じられるのが一番の幸せなのかなって気づいた瞬間でした。

――ジェサベルちゃんの言葉はフィリピンの子どもたちの幸せの理由を表してますね

はい。16歳でフィリピンに行った時は、フィリピンの子どもたちはこの世界しか見たことがないから、満足度がもともと低いのだと思ってしまいました。


でもそうじゃないなってわかったんです。『幸せ遺伝子』ってものがあるらしいんですけどね。幸せの感じ方って遺伝するんですよ。40%だったかな、そのくらいが遺伝して、残りの半分が環境や考え方で変わってくるらしいんですけどね。

日 本人って風習的に、よく言えば謙虚っていわれますよね。でもその反面「うちのバカ息子が」なんて普通にいったりするじゃないですか。これはフィリピンの人 にとっては全く考えられないらしいんです。自分の子供が世界一頭良くて、可愛い。自分のお嫁さんがつくる御飯がどんなレストランの料理よりもうまいって言 うんです。とにかくほめ方が半端ないんですよ。笑

 

愛であふれた家庭とか褒められた中に育つと、やっぱり家族を大切にできるというか、感性が豊かなまま成長するんだろうなって。日本人は別に思ってないわけじゃないと思うんですけど、日常のことに当たり前になりすぎている気がするんです。

――こう感じたことが今の活動に繋がっているんですね。

そうです。日本には物も食べ物も技術もあふれかえっているのに・・・


それなのに日本の幸福度は世界178カ国中90位。これは先進国とされている国でワースト1位です。そして年間自殺者が3万人を超えた年が何年か続き
異常な問題となっています。

物質的には乏しい、でも感情的には豊か。

ごみ山の子どもは決して自殺しません。

 今の日本に欠けているもの


日本は物質的には豊かな生活をしているのに感情的にはどこか貧しい。

日本が物質的にも感情的にも豊かになっていったらいいのにと思い始めたら、自分でなんとかあげたい!と思うようになりました。日本もフィリピンも大好きなんです。どちらも良くなっていってほしいんです。


――5/12のイベント「母の日特別チャリティー上映会」について詳しく教えて下さい。

今回は、2012年春に日本上陸後、ロングランが続いているドキュメンタリー映画「happy-しあわせを探すあなたへ」を母の日に特別上映します。


上映日は5月12日。母の日です。母への気持ち、感謝の気持ち、かけがえのない「家族」について素直な自分の気持ちを考えてもらいたいです。

あと、同時に『十人十色の幸せ』ってテーマでトークショーを企画しています。

様々なジャンルの5人のゲストさんたちがそれぞれの日常生活での「幸せ」をテーマに語ってくれます。

「こういう幸せのあり方もあるんだ」と、価値観を変えるタイミングにしてくれたらと思ってます。

【参加フォーム】http://happy.hannnari.com

上田未知という人。


わたしの家族、特殊なんですよね。(笑)

っていっても普通に日本人の家族なんですけど・・・。

一言でいうと「楽観的」。生まれてからずーっと楽しいなっ、でも変わってるなって思ってました。


――そういえることって幸せなことだと思います。

そうですね。

でも幸せだって実感するようになったのはフィリピンに行ってからで、それまではそのごく当たり前の日々に幸せと感じることはなかったです。フィリピンをきっかけに、自分が当たり前にしていたことが「あ、これが幸せってことか」と気づけたというか。

――未知さんは挫折して落ち込んだりしたことはなかったのですか?


いや、結構ありましたよ。

例 えば16歳の時フィリピンから帰ってきたら部活での自分のポジションがなくなっていたこと。これは相当落ちました。当時、ダンス部に入っていたんですけ ど、うちのダンス部は「大奥」って呼ばれていて、もうすごかったんです。先輩とすれ違う時は、一回止まってお辞儀をして待っているとか普通でした。で、 フィリピンから帰ってきたら自分の場所がなくなっていたんですね。フィリピンに行く前はセンターだったんですけど、自分の場所って簡単になくなるんだなっ て。いろいろあって、フィリピンの活動と部活どちらか選択しなければいけないってなったときに部活をやめました。


なんでやめたんだろうと思ったり、気まずかったりで一度登校気味になったときもありました。学校もその部活のことも大好きでしたけどね。

それと実は、高校3年のときに父が亡くなっているんです。

う ちの父は、本当にくだらなくてグータラで(笑) 広告代理店でフィリピンの支社だったのでよく出張していました。日本にいる時は家にいるんですよ。会社に いると帰っているのがバレるからとかいって。(笑) 私は昔から“サラリーマンってなんて楽な仕事なんだろう”って思っていたんですね。父がネクタイを締 めているところはめったに見たことなかったですし、締めていてもドラえもんのネクタイとか締めるんですよ。飲み会にも行かないし、友達いないのかな~なん て思ってましたね(笑)


だから葬式は家族葬でした。でも会社にどうしても来たいっていう人たちがいるのでその人たちだけでもいいですか?と前々から言われていました。で、当日驚 いたんです。私は前の方に座っていたんですけど、パっと後ろをみたらいっぱい人がいて。外まで行列ができていて。結局300人もの人が父の葬式に来てくれ ていたんです。
なんかあんなにグータラで毎日自分の好きなようにして、あんなに自分の思うように生きていた父に、こんなに慕ってくれる人たちがいたんだということを知っ て、「あ、父は単に自分の好きなことをしていたんじゃない。自分らしく生きていたんだ。自分らしく生きることって大事なんだ」そう気づきました。そう思っ たら、私も自分のやりたいことを今まで以上に表に出すようになってて・・・で気づいたら、自分の考えに共感してついてきてくれる仲間に支えられて
団体を作ったって感じです。

――お父さんが身をもって伝えてくれたんですね。

そうですね。言葉ではないもので伝えてくれましたね。父の背中を見てって感じですね。今思うのは、やっぱり私は家族に恵まれているなってことです。


母も信じられないくらい明るくて4年前から一人で子供を育てるってことになったわけですけど、一昨年も二度目のフィリピンに行かせてくれたり、この間は長期でドイツに行くとき援助してくれたりもして。私がやろうとしている事は決して否定したりしないです。

本当に恵まれてます。感謝です。

昔からわがまま娘で迷惑をかけっぱなしですけどね(笑)

――幸せについて考えることについてどう思いますか?

幸せについて考えるのって結構人は好きなんじゃないかなって思うんですよね。

ていうか、幸せについて考えてる時が幸せだったりしますしね。

――未知さんにとっての身近な幸せって?

“私が私に生まれてきたことです。”

自分が上田未知として生まれてきて22歳になるまで成長してきたことが一番幸せだなって。出会ってきた人も、環境も考えとかも全部。どれかが欠けても、今みたいに幸せは感じられないと思います。

――今、あの子供たちに「何%幸せ?」って聞かれたら?

「120%幸せ!」っていいますね。

――あの時の1%は何だったんですか?


う~ん、なんか100%っていえなかったんですよね。何かあってってわけじゃなくて。でも100%って言ったらうそになるなって思って。今は全力で自分らしく前に向かっているからですかね。胸を張って120%と言い切れます。

―― 未知さんの“120%”って言葉が聞けて嬉しいです!


ありがとう! そう言ってもらえると嬉しいですね。

幸せの定義ってとても難しい。


人や国、育った環境や出会った人で幸せの価値観って違ってくるから。

でも、きっとすべての人に共通して必要なのは

身近な幸せに気が付くこと。

そしてその幸せを表現して周りに分け与えていくこと。

そんなことを教えてくれた上田未知さん。

未知さんの目もビー玉みたいにキラキラしていたな。

人を惹きつける力をもつ未知さん。

未知さんの持っているもの。

“自分らしく生きるという強い思い”と“周りに感謝する心”

あなたにとっての幸せってなんですか?

happiness is…?

 happiness is…

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【文・写真 山口萌絵】