伏木さんアイキャッチ

多忙なスケジュールの合間を縫ってインタビューに応じて下さったのは、産婦人科医の伏木淳さん。


今春研修医生活を終えたばかりの新米医。

 

なぜ産婦人科医を選んだのか、学生時代の過ごし方、勉強した知識と現実の臨床との違い、といった医学生・医学部受験生必見の話から、

渋谷駅前での感動的なプロポーズ、高校時代の友人との絆といったプライベートな深イイ話まで伺ってきました。


「ありがとう」と言われる仕事


Lien: 本日は宜しくお願いします。まず、産婦人科医になった理由をお聞かせください。


スムーズに決まったわけでなく、色んな科と悩んだ挙句決めたという感じでした。身内に心臓や腎臓が悪い人がいたので、それらを治療してあげられる科に進み たいという気持ちもありましたし、ダイレクトに”命を救う”仕事である救急医療にも興味がありました。それでも最終的には産婦人科を専攻したわけですが、 決めた理由は主に3つあります。

まず1つ目は、お産は”治す”ものではないので、他の科の病気の治療で言ってもらえる「ありがとう」とは違う「ありがとう」をたくさん言ってもらえるから。

二つ目は他の科だと、消化器内科と消化器外科みたいに、内科と外科で相互にやり取りしながら治療をしなければならない科もある一方で、産婦人科は、「この 患者さんは内科的に診ていこう、その患者さんは外科的に診ていこう」というように、自分達の中で治療計画をデザインして、内科・外科両側面からアプローチ ができるから。

最後の三つ目は、女性が、子供として生まれ、性成熟期、妊娠期、更年期と移っていくダイナミズムを生涯全部診ていけることに学問的にすごく面白みを感じたからです。女性が好きだからかもしれませんが(笑)

 

Lien: 昨今、産婦人科は医師不足と言われていますが・・・


はい。人数が少ないので自分が務めることで少しでも手助けになれば、と思っています。

一般的に産婦人科は激務であるケースが多いと思います。お産はいつおきるかわからないのでいつでも待機していないといけません。そしてそもそも産婦人科医が 少ないので、一人あたりの仕事量がどうしても多くなってしまいます。仕事がどうしても忙しいのでなり手が少ない。悪循環です。


また、産婦人科医は女性がなることが多いのですが、やはり結婚・出産してしまうと仕事に割ける時間が減ってきます。最後まで残って仕事を続ける女医さんと いうのは本当に少ないというのが現状です。その上、年単位でどんどん進歩する医学の世界では、たとえ医師を辞めずとも、その期間キャリアが止まってしまう だけで同期にあっという間に置いていかれるので、モチベーションが下がってしまいがちです。


もちろん、男性で産婦人科医になろうという人がそもそも少ないことも、長く産婦人科医を続ける人が非常に少ないという問題にそのまま繋がってしまっています。

 

英語をやろう!!


Lien:医者になった今、高校時代これは勉強しておけばよかったというのはありますか。


断然に英語です。今でも、今だからこそしっかり勉強しなかったことを後悔しています(笑)。
英語は医学の手法の一つとして重要です。医療というのは未解明な分野が多いため治療も手探り状態なのですが、それを検証する論文は英語で書かれているもの が大変多いですし、技術交換支援もアメリカの大学と行うことが多いです。勿論、英語を使わなくても仕事はできますが、最先端で実績のある根拠に基づいた医療(Evidence based medicine:EBMといいます)を行いたいとか、自分のフィールドを引っ張る中心的存在になりたい、という気持 ちがあるなら本当に勉強したほうがいいと思います。僕も今から勉強します(笑)。


あと、これは医学部受験生に限る話になりますけど、入学後の勉強を考えて受験選択科目に生物を選んだ方が良いのではないかと考える人がいるかと思いますが、入学後に受験範囲を超越するほど勉強させられるので余り関係ないと思います。

 

Lien: 医学界でも英語が大事になってきているんですね。そもそも、なぜ医師になろうと思ったのかお聞かせください。


実は、最初は「人を救いたいので医者になりたいです」と思って志したわけではありませんでした。僕は中学高校と水泳をやっていて、なぜこれだけ練習してい るのにあの人に勝てないのだろう、なぜ他の人と同じ練習をしているはずなのにタイムの差が生まれてくるのだろう、といった疑問から、「才能って何だろ う」、「要領の差ってどこから生まれてくるんだろう」ということをずっと考えていた時期がありました。

そのため、当初は脳を研究する生物系の方に興味を抱いていたのですが、将来的にそれを誰かに手助けできるようなメソッドに移すことに次第に興味が移り、人を救う医学が自分の望む進路だと感じ、進路を医学部に決めました。高2の秋の頃です。就職活動がない、というのも僕にとっては魅力的でした(笑)。


自分がどの科に進みたいのかを知るための勉強


Lien:そして、晴れて東京医科歯科大学に現役合格し、医大生という特殊なキャンパスライフを6年間過ごしたわけですが、学部時代の勉強や生活のアドバイスを下さい。

 

僕のいた医科歯科大は1~2年生が教養課程で、3年生から専門課程を行うカリキュラムでした。教養課程は医学ではないことを学びます。1~2年生の間でしか 学べないので、そこを逃すと人生で触れる機会はその後なかなかない。色んなバックグラウンドをもった患者さんを今後診ていくわけですから、医学の勉強以外 もしっかり学ぶことが”人を診る”職業としてのベースになると思います。


3年生からは専門に入って、医学の基礎としてそのまま将来に直結することをいっぱい学ぶのですが、授業の内容は極めて範囲が広いため、高校のテストみたい に「ここまでやれば100点」ということはまずありません。医学において、「この分野は完璧に理解しました」というのは不可能なんです。必ずどの分野にも 未解明のものがたくさんあります。


だから、「ある程度の勉強を万遍なくやることで自分がどの科に進みたいのかを感覚的に知る」スタンスの方が、「一つのテストで完璧を目指す」より、大切かなと思います。

あと、大学6年間は何かに打ち込める最後の時間でもあります。僕は大学でもずっと水泳を6年間やってきました。まだ僕も仕事の歴が浅いので偉そうなこと言 えないですが、部活をずっと頑張り続けることができた人は医者になってからも頑張れる度合いが違ってくると思います。勿論、部活を頑張らなかった人は医者 でも頑張れないという話では全くありませんが、部活でなくともバイトなり学外活動なり、自分なりに納得のいく学生生活を送ることが大切だと思います。

Lien:卒業後の2年間の研修医生活はどのようなものでしたでしょうか。

医科歯科の研修医プログラムは”1年間外、1年間内”という仕組みでして、1年目は長野県の北部にある中野市というところで勤務して、2年目は医科歯科の大 学病院で勤務していました。大学病院は基礎をしっかり学べるけど手技(=執刀、特殊な点滴を入れる、といった実際に手を動かして治療を行うこと)を余りさ せてくれないと言われています。一方で、外病院に行けばその逆で、手技の経験はさせてくれるけど、ベースの知識が疎かな状態だと間違った方向に学習してし まう恐れがあると言われています。医科歯科のプログラムはその一長一短をカバーしてくれるものでした。ちなみに余談ですが、僕は1年目の外病院勤務の時に 嫁に出会いました(笑)。

 

伏木さんしゃしん↑手術のワンシーン。中央が伏木さん。

 

Lien:時間に余裕はありましたか?激務とよく聞くので・・・

病院によります。学習塾と一緒で、研修医の自主性に任せるタイプの病院もあれば、夜遅くまで手取り足取り教えるプログラムを組ませる病院もあります。僕の 勤めていた病院はどちらかというと若干前者のタイプよりなので、たまに当直後に緊急オペが入って夜通し働くこともありますが、基本的に時間の余裕はありま す。
でも、仕事が終わった後も勉強をしないといけないことが山積みですので、そういった意味では時間の余裕はあまりないかもしれません。

医学とは生涯勉強の分野ですし、ましてやまだ自分はトレーニング段階の立場なのでやることはいっぱいあります。勿論、勉強をしなくても生きていくことはで きるので、そういう人は時間のゆとりが少しはあると思います。でも周りをみると、モチベーションが高く、夜遅くまでずっと仕事をしている人が多いですね。

 

「教科書の文字を見る」ではなく「患者の目を診る」

 

Lien:実際に患者さんを診察してきて、今まで大学の座学で学んできたことと違う!といったことはありましたか。

違 うことだらけです。患者さんとのコミュニケーションは座学では絶対に学べません。例えば、心筋梗塞の例で言えば、患者さんが「胸が痛い」「冷や汗をかく」 と言ってきて、心電図を撮り、検査で○○という所見を持てば心筋梗塞と判断し、○○という治療をする・・・といったことが教科書には書かれています。

 

でも実際には、単なる咳のし過ぎで「胸が痛い」人がいれば、心電図で特徴的な波形を示さないけれど心筋梗塞という人もいる。そうなると、教科書に書いてあ ること全てが当てはまる症例なんてほとんどありません。一つ一つ、患者さんと対話して、診察して、得られる情報を自分の頭の中で整理して診断を下していく しかありません。

「後医は名医」って言葉があるように、後から見れば「この診断は正しかったけどこの検査は必要なかったね」と簡単に言えても、その場での即座の判断という のは非常に難しい。知識の他に、今まで何人の患者さんを診てきたかという”経験”が絶対に不可欠です。僕もまだ新米なので必死に頑張っているところです。

Lien: ちなみに、よく東大閥、慶大閥といった”医局”の話を小耳に挟んだことがあるのですが、実際のところはどうなのでしょうか。


難しい話で、僕も詳しくはよく分かりませんが、医科歯科の話で言えば、病院が少ない等で困ることはないと思います。もし、自分の行きたい病院・科があっ て、そこが違う大学の派閥であったとしても、自分の意志を優先して、そこに入り直すことだっていいと思います。過度な心配はいらないかと・・・

 

みんな君を待っている


Lien:最後に医学部受験生、その他読者にメッセージをお願いします。

 

今、どの分野も医師不足です。みんな君を待っています。大学受験の時に考えぬいて医者になろうと決めたのなら、気持ちに素直になって、人生で一番くらいに勉強を頑張って、医者になりましょう。

一番大変なのは大学受験の時です(国家試験は入試に比べれば遥かに楽です)。医者になれば、患者さんも喜ぶし、親御さんも喜ぶし、将来みんなに必要とされる存在になれる。自分のためは勿論、みんなのためにも今の勉強を頑張ってほしいと思います。

そして御存知の通り、僕のいる産婦人科は特に人手が不足しています。激務とは言われますが、産婦人科は本当に素晴らしい科だと思います。お産に立ち会ってグッとこない人はいません。少しでも多くの人が志してくれると本当に助かります。

 

番外編


貴重でためになる話に感動しっぱなしの記者。


最後に、伏木さんの取材中に発見したこの写真がどうしても気になって質問をぶつけてみた・・・

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Lien:ところで、プライベートな話で恐縮ですが、このお写真本当に素晴らしいですね!これは一体何の様子を撮ったものですか?

あーこれか(笑)まず、僕が結婚のプロポーズをするという時に、事前に京之介くん達 (伏木さんの中高時代からの仲良し集団)が妻に対してサプライズをしてくれると言ってくれたんです。指輪を渡しプロポーズをするお店の外で、クラッカーを 持って待ち構え、僕達が出てきたらパーンと祝福する、というのをやってくれたんですね。妻も号泣してくれたし、大成功しました。そしてその後、その友人た ちを含めてみんなで一杯やろうぜと、渋谷のハチ公前に行ったんです。


そしたら、彼らはもう一つ、僕ですら全く知らないサプライズを用意してくれていました。

ハチ公前には更に40人くらいの仲間がそこにいて、道行く一般の方々までクラッカーを持って、一斉に僕達を祝福してくれたんです。


いきなり目の前に高校時代の仲間も医科歯科の仲間も他大の友人も勢揃いで、「プロポーズ大作戦」とか「大成功!」とかよくTVでありがちな板まで作って出迎えてくれて、最初は一体何が起きたのか頭で整理できませんでした。


Twitterにも「今渋谷で1組のカップルが誕生しています」って一般の方に投稿されたりして、とても出来過ぎた思い出を作ってもらいました。

 

Lien:中高時代の友達(伏木さんは中高一貫校の出身)と未だにとても仲がいいんですね!


そうですね。そのサプライズも、中高時代からずっと仲良いグループが企画してくれましたし、中には大学6年間毎年一緒に旅行した友人もいます。あと、中1の頃から今に至るまで14年連続で年越しは中高の水泳部の同期と過ごしています。

何でだろう。今でも駒場東邦の中高6年間の友達の方が大学の友達より多いかもしれない(笑)

本当に自分は多くの仲間に恵まれて幸せだと思っています。これからもこの絆を大事にして、新生活を過ごしていきたいと思います。

 伏木さん 結婚

 

伏木さん、お幸せに!!

そして、これからも素敵な医師を目指して頑張ってください!

【執筆:吉田健一】