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私のもとに来た、一通のメッセージ

『全国各地の大学生と、気仙沼の高校生の交流イベントをします!』

 

私は迷うことなく参加を決め

引き寄せられるように気仙沼へ向かった

 

このイベントを企画した大学生は、いったいどんな人なんだろう?

 

そこで待っていたのは大学を休学し、フリーターだと名乗る

なんとも能天気そうな青年だった

 

 

僕が気仙沼に住めば、365人分以上の働きができると思った

必要なのは、長期的な支援だった。

 

 

——大地さんは気仙沼に住んで被災地支援をしてはるとのことですが、そうなった経緯を教えてください


僕自身、気仙沼に一度行ってみたいと思って去年の8月に行きました。そこで実際にボランティア活動してみた時に、『長期的に支援しないといけない』と感じたんですよね。


僕が関わった活動が特に、中学生や高校生の学習支援だったということもあっって、勉強を教えて「ばいばい。」と言った時に寂しそうにする子ども達の顔を見 て、そう思ったんですよね。単発的にボランティアに来ることが悪いというわけでは全然なくて、すぐ出て行ってしまったら、子ども達の中ではすぐなくなって しまう存在になるのではと感じたんです。

 

そこで僕は何回も気仙沼に来るのは難しいからこそ、休学して気仙沼に住んで、長期的に関わっていきたいと思ったんです。

 

 

——休学することは大きな決断だったと思いますが、迷いはありませんでしたか?

全然迷わなかったですね。やって、僕が1年間気仙沼に居ることができたら、365人分以上の働きができると思ったんです。


それに、どうして休学するかとか考えてしまったら、今までの友だちとも離れてしまうとか考えることだらけやったし、大きなリスクになると思ったらもう考えないでやるしかないと思いましたね。


 

 

変えられないものは、変えられない

僕にできることは、なんだろう?

 

 

——考えてもきりがないですもんね。いざ気仙沼に住み始めて得たものはありましたか?


それまでに教育支援をしたことはなかったし、イベントの手伝いや農業支援をしていくうちに、自分が大学生の時には経験できなかったことができていることを肌で感じましたね。


ボランティアを通して色んな大学生との関わりが増えて、やっていることの共有や繋がりもできていきました。ここで得た人と人との繋がりで、高知に戻っても幅広く行動できるのではないか感じましたね。

 

 

——では逆に、住み始めて気づいてしまった現実などはありましたか?

表面的に子どもと接していても何ら変わらないのですが、ふとしたときに『震災を覚えているんだな』ということは感じましたね。


12月7日にまら大きな地震があった時、津波警報も発令されたのですが、僕はちょうど学習支援をしていた時やったんですよね。最終的には避難できました が、泣いてしまう子や怯えている子、不安すぎて騒いでしまう子も居ました。その時僕は、「奥底に持っているものは消えないんだろうな。」と思いましたね。


でも、僕にはそこをどうにかしようとは出来ないから、変えようが無いことを変えるのではなくて、なかなか学校へ行けない子を行かせられるようにだったり、そういう変化ができるアプローチがしたいと思いました。

 

 

——変えられるものから変えていくことが大切ですよね。何かご自身が動き出すきっかけになりましたか?

僕たちで出来ることを探そうと思いましたよね。

 

やから、気仙沼での目に見えたマイナス面を知りたくて、『気仙沼に足りないものは何ですか?』って、気仙沼の高校生に対して校門前で何日も聞き込み調査しました。まあ、仲間が女子校に聞き込み調査に行ったら警察呼ばれましたけどね(笑)。


その甲斐あって、大学が無いということからも『18〜25歳の人口が少なく関わりがない』ということが分かりました。
そう考えてみると確かに、自分の活動を通しても若い世代にあまり会わなかったということに気づいたんですよね。

やから、高校生たちが大学進学や就職するとなった時に、自分の将来を創造できない環境であるのではないかと感じたんです。


そこで、僕は高校生たちにとって目標を作ってあげたいと感じ、『気仙沼みらい創造カレッジ』というイベントの企画を決意しました。

 

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気仙沼を好きになって、最高の繋がりになってほしい

集まったみんなが、ハッピーになれる場所。

 

 

——『気仙沼みらい創造カレッジ』ではどのようなことをしたのですか?


内容としてはワールドカフェ形式のワークショップを行い、大学生活や活動について高校生からたくさん質問して交流するというものでした。


気仙沼や全国各地で復興支援活動をしている多くの大学生達の話を聞きくことで、多くのことを感じ、そして高校生にとっては将来自分自身が故郷である気仙沼に何ができるのか考えるキッカケを与えたいと想い、企画を構成しました。

 

『気仙沼みらい創造カレッジ』を通して、強い意志を持って自分の進路について考えて実現し、『自分たちの力で気仙沼をより良くしていける!』と思えるような人材になってほしいですね。

 

——イベントが終了して、大地さん自身どんな手応えを感じましたか?

自分がやりたい以上のことが出来たと思いましたね。高校生自身も色んな知らないことや、聞いたこと無いことが自分の中に入ってきて、モチベーションが上がっていたように感じます。

 

それに加えて、参加してくれた大学生が予想以上に盛り上がってくれていたことがさらに嬉しかったです。全国からこのイベントのために何か面白いことをしようと集結してくれて、自分たちも楽しんでくれていて本当に良かったです。


気仙沼を巡ったり、美味しいものを食べたり、実際に被災した観光ホテル社長のお話を聞くことのできる場を作れたことも良かったのかなと思います。これを機 会に気仙沼を好きになってまた来てもらえたら、それ以上の最高の繋がりになると思いますね。

 

 

——とても良い感触を得られたようですが、『気仙沼みらい創造カレッジ』はこれからも続けていくのですか?

そうですね。ボランティアと同じく、単発で終わらせたら意味が無いと思います。あくまで目的は変えずに、でも内容などはどんどん進化させていきたいと思います。第二回の『気仙沼みらい創造カレッジ』は、今年の夏にも開催する予定です。


そして今後は気仙沼だけではなく、南三陸や陸前高田でもやりたいと考えています。その時にその場所で必要とされているニーズに合わせて、生徒達に与えていきたいですね。

 

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自分が必要としているなら、一歩でも進んでほしい

自分のためにも、未来のためにも。

 

 

——被災地で活動している学生として、大学生へ想うことはありますか?

 

東日本大震災は大きな出来事だったからこそ、こうして2年経った今でもメディアは取り上げています。では新潟はどうでしたか?京都の水害はどうでしたか?僕は、被害の大きさは関係ないと思うんです。


やから、自分が「ボランティアをやろう!」と思ったものをやればいいですし、その災害に対して問題意識が生まれたらやれば良いと思います。自分の中で大きな問題ではないなら、別にやらなければいいのだとも思います。

 

こうしている今も、『ボランティアに行っていないから悪い』のではなくて、もし自分が『被災地に何かをする』ことを必要としていると思うなら、一歩でも進んでほしいと思います。

 

——自分の問題意識が大事なのですね。では最後に、みなさんへメッセージをお願いします。

『見たいなら見に来い。知りたいなら知れ。』

これは僕の師匠のことばで、僕はこのことばを胸に刻んでいます。そして、だから僕は気仙沼に居るんです。


被災地のことを考えている人は多いけれど、あくまで他人事で終わっているのだと思います。
でも、この日本に住んでいるからには、いつどこで地震が起きるか分からないんです。それに対してあなたは、どれだけのことが出来ますか?避難場所の確認やったり、防災グッズの準備やったり、まずは自分のことからでも動き出してほしいですね。

 

大切な人を、大切なものを守るためにも。

 

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取材当日、彼は故郷の京都に戻ってきた

するとそこには全国各地に住んでいるはずの

気仙沼みらい創造カレッジ参加者も集まっていた


いつも笑顔の彼の周りは

沢山の笑顔で溢れている


そして気仙沼にも、日本にも

笑顔を与えていくのだろうと感じた

 

 

Facebook:矢野 大地(Yano Daichi)
Twitter:@123Vaal

 

【文章・写真:三宅瑶】