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東日本大震災から2年が経とうとしている今

みなさんは何を感じ、何を想っているだろうか


震災当時、多くの人が抱いたであろう想い

「動きたいのに、動けない」

東本健太さんこと『ひがけん』も、その一人だった


そんな彼が関西を飛び出して見た被災地の現実

そして彼を変えた、言葉


被災地から戻った彼に与えられた使命は

被災地支援プロジェクトの『副リーダー』だった

 

 

 

 無関心だった自分と、被災地での衝撃

テレビ画面では分からない事実が、そこにはあった。

 

 

 

——震災が起きた当初からボランティアを考えていたのですか?


僕、実は震災が起きた時、テレビを見ていて大変なことが起きたとは思っていましたが、「なんでそんなに騒ぐんやろ?」と思っていたんです。

 

だって、人間は 動物を殺したり、植物を食べたりしているのに、自然が人を殺めた時には人間が騒ぐのはおかしいんちゃうかなって冷静に思っていたんです。でも、それを友達 に言ったら「人としておかしい。」と言われて、自分が冷たい人間なんやなと感じていました。

 

 

——あまり震災に関心が無かったんですね、意外です。そこからどうして関わるようになったのですか?


大学でのある授業で先生に呼ばれて、「被災地行ってみいひんか?」と誘われたんです。

 

関心が無くても、被災地に行ったら自分の成長とか、経験になるかと思って行くことを決めました。

 

 

——被災地では、どんな活動をしたのですか?


僕は、『避難所のニーズを調査する』というボランティアに参加しました。配属先は震災の被害の大きいところに行きたいと言ったところ、僕は南三陸エリアに配属されました。


そこには、想像を絶する光景が広がっていました。テレビで見ていたように沢山の自衛隊の方が居て、山積みのガレキがあったんです。やっと道路が開通された時期だったということもあって、その光景に衝撃を受けました。

 

 

——いざ現地に入ると分かることもありますよね……。被災地では、何を感じましたか?

 

炊 き出しのお手伝いで、出来上がったヤキソバを配給するために避難所の体育館に入ると、ものすごく重い空気が流れていました。仕切りも無く、プライバシーの かけらもない状態で、沢山の被災者の方が過ごしているんです。家族を探していたり、住居提供だったり、壁にはたくさんの張り紙がありました。僕は声をかけ ることも出来ず、ヤキソバを置いて帰ることしかできませんでした。


何も出来ない自分に気づき、すごく苦しくなっていきましたね。「良い経験になるかな?」とか思っていたけど、『こんなに苦しんでいる人たちのもとに自分がいて良いのか』と本気で悩みました。

 

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僕を変えた言葉と、遠い関西でこそできること

今出来ることを全力でやることが、笑顔を作るんだ。

 

 

——その苦悩から抜け出せたキッカケがあったのですか?


そうですね、南三陸町のとある公民館の館長さんにお会いした時、こんな言葉をいただいたんです。

 

「あなたたちは今有意義ですか?

あなたたちには自分の生活があるんじゃないの?それを犠牲にしてまで、こんなところに来てていいの?

もし、あなたたちに好きなことがあるなら、それをして自分を輝かせてください。それぞれが輝けばこの日本は元気になるし、この日本が元気になれば、きっとこの町も元気になるから。

だから、あなたたちはあなたたちで頑張って。僕らは僕らで頑張るから、大丈夫だから。」

 

次々と来るボランティアの対応で、その館長さんは疲弊して追い出したい気持ちもあったような状況なのに、優しくもこんなに突き刺さる言葉をくださったんです。

 

 

——すごく響く言葉です……。それから変化していったのですね。

僕は『自分がきらきらしたら、誰かのためになるんだ』と考えるようになり、関西へ帰ってきてからは自分が好きなことで、きらきらできることを探すようになったんです。


でも、いざ探しても、僕には何をできるか簡単には分かりませんでした。ただその1週間の経験を忘れたくなくて、館長さんに恩返しをしたかったという想いがありました。

 

そんな時、ボランティアの懇親会で『ミンナDEカオウヤプロジェクト』(http://www.kaouya.jp/)が始動するというアナウンスがあったんです。なんだかよく分からないけれど、東北と繋がれるのではないかと思い、勇気を出して参加することを決めました。

 

 

ミンナDEカオウヤとの出会いと、大きなプレッシャー

僕の役割って、いったい何だろう。

 

 

——ミンナDEカオウヤプロジェクトとは、何ですか?


ミンナDEカオウヤとは、障がい者福祉施設で作られたものを販売するという支援プロジェクトなんです。被災地では障がい者福祉施設の事業所や、売る場所が 流されてしまったケースが多発したんです。『障がい者の方々の全国平均のお給料が約13,000円なのに、0円になってしまうのはあかん!仕事を、場所を 作らなければいけない!』という想いから発足したプロジェクトです。


しかも障がい者施設で作った商品は、実際のところ地域で販売することが多く、身内でのお金の循環になりがちなようなのです。そこを、全国にお客さんに対し て66事業所から集められた366種類もの商品を販売しています。より多くのお客さんに商品を届けて、東北の障がい者の現状も伝えるという支援をしている んです。


僕はミンナDEカオウヤプロジェクトの発足時、カオウヤファミリー(ミンナDEカオウヤの店舗スタッフ)の副リーダーとして活動し始めました。

 

 

——副リーダーをしてはったんですね!どうしてまたそのポジションなのですか?

 

役 割を決めるときに、「ひがけん、副リーダーやってくれへん?」ってノリで決まったんです(笑)。「なんで俺やねん!」と思いましたが、リーダーの先輩に 「ひがけんが副リーダとしてキラキラしている姿が想像できるからだよ。ひがけんはひがけんのままでいいんだよ。」と言われてなりました。


でも、会議で出てくる言葉すら分からん状態で、全然ついていけませんでした。エクセルすら知らなかったですもん(笑)。そのうち「副リーダーって、何なんやろ?」と考えたら、家から出られなくなりました……。

 

 

——え……(笑)。その後はどう立ち直ったのですか?

会議にも行けんままでしたが、ある日リーダーから連絡が来て、「このままいくと素敵なお店ができて、みんながハッピーになるけど、ひがけんだけがおいてけぼりになるよ。みんなのこと、もっと知ろうとしてよ!」と言われたんです。


その言葉をキッカケに、カオウヤの活動へがむしゃらになっていきましたね。僕は接客が苦手やったから、お客さんとどう接すればいいのか分からなかったの で、店舗外で自分なりのカオウヤへの関わり方をしていこうとしていました。店舗に行けない代わりに学校で宣伝したり、他大学の授業に乗り込んでプレゼンし たこともありました。

 

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(プレゼンの様子)

 

 

今の自分に満足できていると思うことを探す

気を張らなくていい、ありのままの自分で出来ること。

 

 

 

——自分なりの関わり方を見つけられたことが、今のひがけんさんを作っているのですね。

 

僕自身は自分が副リーダーの役割を果たせているのか疑問のままでしたが、カオウヤファミリーが何故か僕を必要としてくれたことが本当に支えになりましたね。カオウヤも3年目に入るとなって、本格的に店舗の運営も動かして行かなければ行けないと意識しています。


僕の一番の課題であった店舗への関わりも、代表から「カオウヤの店長をやらんか」と声をかけていただいて、チャレンジを決心しました。「自分のやりたいようにやってみろ。お前が笑顔でいるだけでええんや。」と言われたことで心が軽くなりました。

 

 

——店長として、どんなお店にしていきたいですか?

 

被 災地支援をやっている中で、カオウヤファミリーが熱い気持ちを持っていることを感じたので、その気持ちが形に表れるようなお店にしたいと思っています。

 

例えば接客態度だったり、商品だったり、事業所の人の想いだったり、それが形に表れるお店にしたいです。これからどんどん人を巻き込んで、カオウヤで成長し ていける仕組みづくりもしていきたいですね。

そして、一緒に成長していくアツい仲間も募集中です!

 

——震災から2年経ちますが、被災地支援に関わる学生として、伝えたいことはありますか?

ミンナDEカオウヤでなくても、震災支援でもなくても、『今の自分は何かを本気できているのだろうか?』と、今一度自分に聞いてほしいです。

 

僕 も決して満足していないけど、分からないならとりあえず動いてみてほしいです。だって、こんな僕でも“動く”だけなら出来ているのに、『どうしてみんな動 かんの?』って思いますもん。「支援しなきゃ!ボランティアしなきゃ!」と思う人が増えることが望まれているわけではないんです。

 

好きなことをやっていれば、良いんですよ。そうすることで日本はもっと元気になるんだって信じています。

 

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プレッシャーにつぶされそうになって
周りも自分も、見えなくなることがある

大切だったのは

 

今出来ることを、精一杯やること

今を精一杯、生きること


東日本大震災が

私たちに教えてくれたことなのかもしれない

 

 

Facebook:東本 健太

Twiter:kenta_higaken

『ミンナDEカオウヤプロジェクト』HP →http://www.kaouya.jp/

 

【文・写真:三宅瑶】