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“なつめぐ”の愛称で親しまれる横浜国立大学3年の夏目 祥平(なつめ しょうへい)さん。

 

同じ高校、同じ学年、同じ部活動をともにした私長瀬が、

高校時代の陸上部での経験、

東進ハイスクールでの担任助手のアルバイト、

ROLMOでの夏合宿プロジェクトリーダー、

ヒッチハイク、ハイクなど全ての活動に全力で取り組んだ「ガンバリアン」の足跡を追いました。

 

 

【インタビュアー:長瀬晴信】

 

日々努力すること

 

―― 久しぶり!1年前に陸上の大会一緒に出た時以来だね。まずは東進のバイトのことから聞こうかな。そもそもなんだけど、なんで東進で担任助手始めたの?

 

東進の担当と一緒に働いてみたかったから。けど、その人は自分と入れ替わりでやめちゃったんだよねー。

 

―― まじか。つまんないやん(笑)。それからはどうしたん?

 

学校の友人と、1年生の後半くらいになって、大学生活にも慣れてきて「最近つまんないよねー」という言葉を口にする機会が多くなって、なんとなくそれに違和感を感じてきて、結局楽しくするには自分から何か仕掛けていかないと何も変わらないってことに気づきました。だから、高校生には、少しでも有意義な大学生活を送ってほしいなと徐々に思うようになったかな。

  

―― 新しい世界があることを教えていたんだ。

 

どこの大学でも、大学入ってまずあるのがサークルの新歓じゃん。

いろんなチラシをもらって、それが大学の全てかと錯覚するじゃない。

 

何でもできる大学生活なのに、サークルとバイトと学校が大学生活の全てだと勘違いしてしまって、やりたいことを我慢するのはもったいないなって思うんだよね。

 

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―― 大学生の低学年にそれを教えるなら直接効果があって分かるんだけど、それをあえて高校生に教える価値ってのは何なんだろう。

 

高校生に、潜在的にどっかで覚えていてくれたらいいと思うんだとね。あのとき、ああいうこと言われたのはこういうことだったんだなと、大学入ってから気づいてもらえると思うんです。だって自分がそうだったから(笑)。

 

―― 違う世界を知ってもらうこと以外に意識してたことは何なの?

 

一番伝えたいと思っていたのは、日々目標に向けて必要なことをする大切さじゃないですか。

 

自分達が通ってた、駒東(駒場東邦高校の略称)は、受験勉強は当たり前のもので、高校2年生で部活を引退してその後は勉強!っていう雰囲気になってたじゃん。

でも、普通の高校では高校3年生まで当然のように部活があって、それを口実にして、悲しい思いをするのに勉強できない子も中にはいたりする。

けど、そう言ってもいられないので環境を整えてあげて、ちょっとでも努力できたら褒めて、目標に向けて努力できるような原因づくりをしてあげていました。

 

「当たり前」の基準を上げる

 

―― 陸上やってた時はどんな思いだったの?一緒に練習してた時はこんな深い話恥ずかしくて聞けなかったからさ(笑)。

 

いま振り返ってみると、部活が弱かったことが逆に良かったのかな。

長瀬が「月刊陸上」という雑誌を買ってきてくれて、あれを読んで自分達の知らないレベルの戦い・世界があるんだという冷めやらぬ興奮!忘れません!

 

少しでも、(本当に微々たるものだけど)、その人達に近づけるようにと思って、一緒に自主練を繰り返したじゃないですか!!!

今考えると低スペックが本当に恥ずかしかったりするけどww

 

まあそれでも、一つ良かったと思うのは、自発的に動くことを学んだとは思うよね。

 

それにしてもウチの陸上部からしたら、たくさん練習したよね。タイム伸びなかったけど笑

 

―― 当たり前のレベルを上げたってことなのね。

 

必要だと思ったら走ってたし、それに賛同してくれた後輩はその後も受け継いでくれたし。

あの頃から、目標に向けて一生懸命になることが面白いじゃんって思うようになった。中学の時なんてゲームしかやってなかったしね(笑)。

 

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(高校2年生の時の夏合宿。前列右端が夏目さん。)

 

―― 大学に入って、東進と並行して歩いたり、ヒッチハイクとかどういうきっかけで始めたの??

 

浪人中東進の担任が、ヒッチハイクがすごい好きだったんだよね。

大学2年の八月くらいに富士バカっていう茅ヶ崎から手持ち資金ゼロで富士山まで歩いていくイベントがあったのね。

こんなこと普通に考えたら無理だと思うんだけど、やってみたら意外と出来て、そんなとこに来るような人達は、やっぱり帰りの交通手段はヒッチハイクだったんだよね(笑)

 

で、その後、東進の担任の話を思い出して。ヒッチハイクなんてことやってる人もいたな~って。で、いざヒッチハイクやってみたらできちゃった。初めてヒッチハイクで京都から東京まで移動できた、その時、「大学生なら何でもできる」って東進の担任が言ってたのも思い出した。

 

―― 色々選択肢ある中で、なぜヒッチハイクや歩くことを選択したの??

 

大学2年の7月にあった富士山百人登山がきっかけかな。

 

主催がさっき言った担任の人で。前日くらいに「行かせてください」って申し出たんだ。

 

―― なんで頼んだの?

 

その頃は、東進でも納得のいく大きな仕事が一発終わって、東進で見られる世界って他に何があるのかなって感じていて。じゃあ次は外に出てみようと思って。

 

―― 新しい世界、どう感じた?

 

代々木公園で、そのイベントの打ち上げをやったんだけど、その、昔の担任に、「面白い人紹介してくださいよ」って頼んだ時、「こっちこいよ」って言われて、言った先にいた7、8人のメンツが本当にすごかったのを覚えてます。これが自分の知らない世界かー。って。世界は広いなーって。

旅系学生団体の創設者とか、学生企業家とか、世界一周した人とか。

 

当時の自分には遠くて、凄くて、偉大な存在でしかなかったです。

 

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(この夏は陸前高田にも行った)

 

―― なんでそんなに歩くことにとりつかれたんだと思う?

 

例えば、東京から京都までの道をイメージする時、普段車乗る人は、東名高速をイメージすると思うし、乗らない人は、日本地図で東京から京都までイメージすると思います。

でも、中山道でもいいし、東海道でもいいんだけど、ずっと下道はつながっているわけで、高速でずっと同じ風景が続くのとは違って、その町その町ごとの風景がある。

同じ東京から京都までの道をイメージする時、そういった町並みを、記憶の中で一気に通って、頭の中で東京から京都まで行けるとしたら、それはそれで面白いんじゃないかなーって思います。

だから、その町ごと景色をインプットする為に、勝手に歩いてみてます(笑)。

 

―― それから今では自分でイベントを開くようにもなった。何を目指しているの?

 

歩くのもヒッチハイクも共通するのは主体性。

旅行と旅は違うと思ったりします。

 

その違いはなにかパッケージ化されたものと、自分自身で作りにいくもの。

 

自分にとって、歩くこともヒッチハイクも「旅」で主体的に夢中になれるもの。

これからの人生も、主体的かつ常に夢中でありたい。だから社会に出たら能動的社畜を目指したいなーって思ってます(笑)。

 

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―― それじゃ、最後に夏目の夢を教えてくれるかな?

 

どんな業界でもいいけど、能動的社畜になれるような選択肢を取れればいいかな!受動的社畜じゃなくて、ここ大事です(笑)!!

それでそのことにも飽きたら、やっぱり昔の担任に自分を認めてもらいたいですね・・・あの人は社畜な自分を認めてくれるとは思わないので、社畜でいることにも飽きたら、どうやったら彼を満足させることができるか、じっくり考えたいです。

 

 

夏目祥平 

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【文・写真…長瀬晴信】