DPP_522_1

 

 

今回のインタビューは、株式会社電通CDC局シニア・クリエイティブ・ディレクターの平山浩司(ひらやまこうじ)さん。

平山さんは、旭化成企業広告「昨日まで世界になかったものを。」やヘーベルハウスブランド広告「考えよう。答はある。」などを担当。

ADC賞最高賞・新聞協会賞最高賞・朝日広告賞最高賞・毎日広告賞最高賞・日経広告賞最高賞・新聞広告電通賞・読売広告賞など数え切れないほどの広告賞を受賞しています。

 

「クリエーティブの世界」というテーマで学生向けに語って頂きました。

 

自分の基準をどこに設定するか

 

―― 平山さんの大学時代について教えて下さい。

 

大学生の時は、「一橋マーキュリー」というミニコミ誌(自主制作雑誌)を作っている団体に入っていました。

そこでは、君達と一緒でインタビューをやっていたんです。アーティストやミュージシャンなど、自分の好きな人にアポを取って会っていましたね。

 

あとは、並行して、映画を観てその感想を書き合う同好会を立ち上げました。すぐ無くなりましたが(笑)。歌舞伎研究会にも籍を置いていたかな。

それらを3年生に上がる時に全部やめて、その後は、友人と文学系の同人誌を出したりしていました。

―― 就活の時は、どのような軸を定められていましたか?

 

僕は少し特殊なのですが、4年生の夏前までは研究者になるために大学院に行こうかなと思っていました。そのためその頃までは就活はまったく考えていませんでした。

 

ですが、教授から学者のセンスはあるけど食っていけないよと言われて、研究者の道を断念しました。

それからは色んな業界を見て、物書きに近いものが合っていると考え、出版、少し広げて新聞、そしてコピーライターという職業もあるのかという感じで広告代理店も受けてみました。

ふたをあけてみると、代理店、テレビ、新聞出版という順序で内定が決まっていきました。

最初に決まったのが電通でして、自分の勉強も続けられるかなと思って入りました。

 

しかし、その考えは甘かったです。

というのも、クリエーティブではなく営業配属として入社したからです。今から思えば結果的にはよかったと思うのですが、当時はもう営業なんて務まらないと思っていました。

 

―― 転局試験を受け、クリエーティブ配属になるまでの2年間は悶々とした日々を送っていたのでしょうか?

 

そんなことはなく、学ぶことは多かったです。

特に、外から見る電通のイメージと実際に入社した後の電通のイメージは全然違っていました。

 

電通は非常に大きな力を持っていて楽に仕事をまわしているのかなと思っていたら、クライアントさんに企画を通すにしてもタレントさんを起用するにしても大変な努力が必要でした。

面白いことを考えて、「これいけるんじゃない?」というような軽い気持ちで仕事をしているわけではなかったのです。

1人1人の先輩達がすごく熱心に真面目に仕事に打ち込んでいる姿を見て、電通の良さに入社してから気づかされました。

 

―― コピーライターになって最初の2年間は先輩からずっとバカ扱いされていたと別のサイトで見かけました。そのような評価を受けるなかでも、コピーライターという仕事でやっていけるのではないかと手ごたえを感じたのはいつ頃からなのでしょうか?

 

新入社員や若い人達にも言うことなのですが、テレビCMや新聞広告など様々な広告表現を見て、「これぐらいだったら出来ると思って見ているでしょ」と言うんです。

だけれども、広告クリエイターとして一人前、あるいはずっと広告クリエイターを続けられるというレベルになるためには、世の中に出ている本当に良く出来た広告に気づくことだと思います。

 

本当に良く出来た広告キャンペーンは全体の1割くらいだと思います。その時に、大勢を占める9割を見て、「これなら自分にも出来るのではないか」と思うか、1割を見て、「これはどうやったんだろう、すごいこと考えるな」と思うか、自分の基準をどこに設定するかが大切です。

―― 残りの1割以下に平山さんが気づいたのはいつ頃なのでしょうか?

 

僕も最初は世の中に出回っている大勢の広告を見て、じゃあこれをやればいいんだと思っていました。当然、先輩からはエンドレスでやり直しを言われます。

僕がコピーライターになりたて頃の先輩はとても厳しい人だったのですが、その人に言われたのが、何人か新人がいる中で、

 

「あなたが一番コピーらしいものを書いてるね」

という言葉でした。

これは決して褒め言葉ではなく、コピーっぽいものを書いてるということでした。

一見コピーっぽいけど、そんなものを書いてもしょうがない。それはコピーじゃない。

 

その違いが分かるようになった時、ああ少し書けるようになったと思いました。

 

IMG_0600

 

クロスメディア時代のクリエーティブ

 

―― 平山さんも執筆に加わった『クロスイッチ』のなかで「現在、情報過多が起因し消費者は自分の興味のある情報以外にバリアを作りシャットアウトを行っ ている。このバリアから消費者をどう誘い出すかあるいはどう打ち破るかでアプローチしていかなければならない」という意味の一節がありました。

クリエーティブがこのバリアを打ち破ることは、クロスメディアの時代にあたり可能だと思いますか?

(ダイヤモンド社『クロスイッチ』2008年刊:http://www.amazon.co.jp/クロスイッチ―電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた-電通「クロスメディア開発プロジェクト」チーム/dp/4478090041

 

それは、ますます厳しくなってきていると思います。

結論から言うと、クロスメディアによって表現の可能性が高まった、色んなことが出来ると思うことは浅薄です。

従来のマスメディアのコミュニケーションというのは突き詰めて言うと、ワンワードを探すことと言っていいでしょう。

 

たとえば、ある商品があったとします。色んなスペックや属性など様々なコミュニケーションの選択肢がある中、これが一番効くというひとつのメッセージに集約することがマスメディアの時代の広告手法でした。

そうすることで、クロスメディアと同じコンタクトポイントつまりテレビ広告、新聞広告、ポスター、ラジオなどのマスメディアで同じメッセージを消費者は聞いていました。これがメディアミックスです。

 

私達、広告クリエーティブにいる者は前提として、世の中の人達は広告なんか見ていない、広告なんか見たくないということをしっかり意識しなくてはいけません。

つまり、マスメディア時代にはどのように引き込んでいくのかが問われていました。キャッチコピー、キャッチフレーズという言葉から分かるとおり、捕まえるということが広告の入り口です。

そういう観点からすると、広告に接触したくない人達をキャッチするためには様々な工夫を凝らさなければならないということが原点にあり、それはクロスメディアになっても変わらないはずなんです。

 

言い換えれば、現在は自分が好きな情報のみを取りにいく人が多い時代で、どこで接触してキャッチするかが非常に難しくなってきています。キャッチする能力、表現技法がより求められているはずです。

接触しているユーザーのプロフィールに近い表現さえしていれば、自然と興味をもってくれるだろうと楽観している気がします。

実際、クロスメディアの成功事例と呼ばれているものの表現をひとつひとつ見てみると表現としての質は落ちています。コピーライティングというところにまで 達していないものが多く、これは10代向けだよね、女の子向けだよね、というセグメントを表すにすぎないものになっています。

―― 作り手の能力が下がってきたということなのでしょうか?

 

というよりもクロスメディアが本当に難しいんです。

クロスイッチを出した頃に、日本中をまわって公演もしたのですが、僕は成功事例と呼ばれているものはあまり上手くいってない、もっと難しいことをやらない といけないという話をしました。会場にいる人たちは他のスピーカーと言ってることが違うので首をひねっていましたが、現場にいる人達はその通りです、そう 簡単にはいかないですよねと言っていました。

 

それに、いまはもう、クロスメディアの狂騒状態はだいぶ収まってきたと思います。

実際のところ、クロスメディアの事例をいくつ知っていますか?

 

過渡期だということで言えば、そこまで厳しく言わなくてもいいのかもしれないですが、多くの人はすぐにはあげられないのでしょうか。

そんなことよりも、まだまだ有名なタレントが出演しているCMのほうを知っているでしょう。

 

―― ですが、目立てばいいというわけではないですよね。

 

どんな形でもいいので記憶に残る、印象づけることがゴールなので、有名人を使おうが使わまいがそれは関係のないことです。けれども、いまの広告表現は右に倣えで昔よりもタレント広告の比重が大きいのは事実だと思います。

安易にタレントを出しておけば、注目されるのではないかという感じで、結果どこの企業のコマーシャルだか分からなくなってしまう危険があります。

 

IMG_0603

 

キャリアを積むだけが人生ではない

―― 平山さんは今後のキャリアをどう考えていますか?

 

キャリアということを、意識したことはほとんどないですね。

宮崎駿さんがNHKのインタビューで、「人間嫌いだからこういう仕事をしてる」と言っていました。あれだけ多数の人々を感動させるアニメーションを作っている宮崎さんがです。

広告をやったり、人に何かを伝えたい人は人間が好きであったり、人に会うのが好きな人達がなると思うのが普通でしょう。

 

しかし、人とはスムーズにコミュニケーションを取れない、でも何か自分の中にある、という人の方がいいものを作れる場合もあります。

特に昔の小説家は自分の中に何か強烈に伝えたいものがあったからこそ、あれだけのたうちまわって1日中小説を書いていたと思うんです。普通に仲良く生活出来ているならば夜遅くまで頼まれてもいないことなんてやらないはずです。

表 現者というのはなにかこう、一般の階段を上がってキャリアを積むのとは違うと思います。もちろん、広告はビジネスですし、社会性ももちろん求められます が、どんどん偉くなりたいとか業界でこういう地位を占めたいということと、一つの目の前にある例えば15秒のCMを作り、人の心を動かしたいということは 全く違うことだと思います。

キャリアを積んでいくことだけが生き方ではないと、いま一度若い人たちに伝えたいです。

 

未来のクリエーター達へ

―― これからクリエーティブを目指す方に求められる必要な素養は何でしょうか。

 

僕らの少し上の世代は、映画監督になりたいと思っている人が求人がなく、ではコマーシャルの世界に行こうか、とか、小説家になりたい気持ちのある人がコピー ライターに、という時代でした。それがいいか悪いかの議論は別として、広告以上のものを思考する人のほうがいいと感じています。

広告のオタクになって、隅から隅まで広告を愛してますというよりも少し距離を置いて、「あ、広告だ。映像表現だな。」と思って、少し広く見れる人のほうがいいと思います。

僕も最初は全く広告に興味を持っていなかったですし。

 

―― やはり、広告を離れて発想するということが必要なのでしょうか?

 

広告とはこういうものという先入観などに捉われず挑戦していく人の方が合っていますね。

コピーライター志望であれば、本当に「書くこと」が好きな人。

僕が営業から転局して2年くらい経ったある日、先輩たちとクルマに乗っていました。

営業の大先輩の人が、僕のコピーライターの先輩に「○○さん、コピーライターに向いてるってどういうとこなんですかね?」と聞いたんです。

自分としては、まだまだ下積み中で色々悩んでいた時期だったので、耳をそばだてて聞いていたら、その人はこう言っていました。

「やっぱり、最終的に書くことが好きな人間が向いているかな」と。

 

この仕事は自分が思いついたことや好きなものを書いていれば済むような職業ではありません。
これは違う、もっと面白いの、もっとこんなのというように、幾度となくダメ出しをされる世界。

才能があって、クレーバーで優秀な人間でもそのようなNGを何十回と出されると出来なくなる人がいるんです。

明日までに書かなくてはいけない状況になった時に、「まぁでも書くことが好きなんだよな」と考え続けられる人でないと務まらないと思いますね。

 

―― 最後に、学生にアドバイスをお願いします。

 

世間的な評価を気にして自分があまりやりたくない仕事を選択すると、のちのち辛いのではないかと思います。キャリアという視点ではなく、自分と親和性のあるものを選んだ方がいいのではないでしょうか。

 

 

平山 浩司(ひらやま こうじ)
1963年宮崎県出身。一橋大学社会学部卒業後、(株)電通に入社。営業局を経て、1988年からクリエーティブ局へ。以後、コピーライターやクリエーティブ・ディレクターを務める。現、CDC局シニア・クリエーティブ・ディレクター特別職。

主な広告賞の受賞歴は、ADC賞最高賞、新聞協会賞最高賞、読売広告賞、新聞広告電通賞、朝日広告賞最高賞、毎日広告賞最高賞、日経広告賞最高賞など他多数。

 

【文…長瀬晴信 写真…吉田健一】