「実務と理論の橋渡し」

 

株)富士通総研

浜屋 敏 上席主任研究員


1963年生まれ。19864月京都大学法学部卒業後、株)富士通にシステムエンジニアとして入社し6月に株)富士通総研へ出向。1993年に米・ロチェスター大学経営大学院を卒業し、現在は上席主任研究員として研究を行うと同時に早稲田大学大学院商学研究科やその他大学において非常勤講師も勤めている。

研究者と講師という二つの全く別の職業を同時にされている浜屋 敏氏。

大学生の多くは、“就活“を目前に控え自分の進むべき「一つの道」を探す。「二つの仕事」という考えはあまりないだろう。それぞれの仕事を通して浜屋氏が考える事、感じている事はいったいどのようなものなのか。そして、


「それまでキーボードに触ったこともなかったのに、SEとして富士通に入社しました。」


と語る浜屋氏に、どのような経緯・想いがあったのか―――お話をお聞きしました。

―― まず、浜屋さんの生い立ちについて教えて頂けますか。

僕の父親は高校の先生でしたから、学校では自分の事を既に知っている先生ばかりで、凄く狭い世界で生活していました。子供の僕には狭くて窮屈で家を出たくてしょうがなかった。大学生になったらどこか遠い大学に行って広い世界を見たいと思っていたんです。


それで京都へ対する憧れというものもあって京都大学法学部に進学しました。同じ大きい都市でも東京は「
いろんな情報はあるにも関わらず、それが拡散して、一つの事に集中できない。」というイメージがあったんです。

東京は大きくて面白い街なんだけど、きっと京都の方が学ぶ事ばかりの学生にとっては面白い事があるんじゃないかと思ってました。


あと、京都学派(
一般に西田幾多郎と田辺元および彼らに師事した哲学者たちが形成した哲学の学派)とかの京都独特の学問や文化に憧れてっていうのもありますね。

――どんな大学生活を送っていらしたのですか?

1、2年生の時は自分の学部の授業にもいかずに、他の学部の授業を受けていました。

一 応、弁護士になりたいという夢もあって法学部に行ったんだけれども、法律の勉強っていうのは『今ある法律の解釈』なんです。『何か新しいものを作る』って いうよりも『今ある法律の下で行為は正しいか』っていう話で、あんまり創造的な話じゃないから授業がつまらなくなって。

それなら『そもそも何で生きているのか』とか『社会はどういうふうになってるのか』が学びたくて社会学とか哲学の授業を聞いていました。


授業よりも、当時入っていた山岳部の方が熱心で、「何学部ですか?」って聞かれたら「法学部です。」っていうより「山岳部です。」って答えた方が良い位に部活熱心でした。

3年生位になってくるとだんだん部活も疲れてきて、社会を勉強したいなって思い、部活をやめて、政治学を勉強しました。


学生時代は社会人になる為のモラトリアム(執行猶予)期間
だから、自分の好きな事をして社会的責任も考えずに自由に生活していました。

――今の会社でシステムエンジニア(SE)として働こうと思ったきっかけはなんですか?

どういう会社に入ろうかなと考えた時に、自分は何か発信して社会を動かすジャーナリストのような仕事をしたいと思っていました。でも、ジャーナリストは試験もあるし、志望者が沢山いて…

そこで「コンピュータのプログラムっていうものは社会を動かしている一つのものではないか。」と考えたんです。そのコンピュータのプログラムを設計してる仕事、それがシステムエンジニア(以下SE)というものらしい。ということでSEを目指しました。


実は学生時代にコンピュータを触ったことがなくて、SEって何してるのか全く分からなかったけれど文系としてはエンジニアという言葉に憧れもあったんですよ。カタカナも恰好良いし(笑)


会社で富士通を選んだのは、
1番強いとこよりも2番目や3番目の方が面白いからです。野球でも僕は1番でない、2番手の阪神タイガースが好きなんです。そっちの方が面白いでしょ?

当時の1番はIBMで2番手である富士通の方が面白い事が出来ると思って、それで富士通に入りました。

――面白い仕事の選び方ですね…明確に仕事を絞っていないというか…

大学時代、教授に『仕事は結婚』と言われた事があるんだけど、確かに、お見合いみたいに出会って、相性が合って、就職して、それから愛を育むのもありかな。と思います。

今皆就活の時に自分にあった仕事っていうのを探してるけど、誰も20才位で自分に合った仕事なんて分からないと思う。

だから、自分にあった仕事を探し続けて追い求めることよりも、とりあえずあんまり考えないで直観的でもいいから仕事をしてみるのもいいんじゃないかな。仕事してるうちに好きになるかもしれないし。そういう道もあるのかなぁと思います。


――モットーがありましたら教えてください。


『実務と理論の橋渡し』


自分はあくまで大企業の中での研究員であって、ビジネス全体の責任を持っているわけでもないし。

非常勤講師として大学で教えているけれども、大学の教授のように理論を追い求めているわけでもないし。


ある意味では凄く中途半端な仕事をしているんですよね。でも僕はそれでもいいと思ってて。若い頃はどっちってはっきり決めて仕事するべきだと思っていまし た。でも、今は学問での理論、実務両方関わることで普通の専門でやっている人よりも両方の方面からそれぞれが見れるのが良いと思ってます。

――会社での研究院員として、実務の側で何か発見した事はありますか?

会社に入って、「営業にあんまり向いてない、そういうイメージが無い人でも活躍できる場がある。」と一番に感じましたね。営業できる人って、人とうまく付き合えて、上司の言う事ちゃんと聞いてっていうイメージがあったんです。


最低限の事はもちろん必要なんだけど、自分の主張をちゃんと言った方が良い事ばかりでした。自分を殺さなくても会社で上手くやっていけるなと分かったことが一番大きな発見だった。


入社直後、SEの研修で普通の人はコンピュータプログラムとかが凄い得意だからそればかりやってたけど、僕はコンピューター触ったことなかったし専門知識も無いから、「SEはこんなことできるんじゃないか」とかSEの先輩に対して偉そうなこと言ってたんですよ。


そうしたらしばらくして、今まであった『お客さんのためのSE』じゃなくて『お客さんと一緒に作るSE』っていう新しい組織が生まれて、僕も新入社員なのにそこに配属になった。

「自分で主張してれば自分のやりたいことができるんじゃないか。」と感じましたね。

――大学の講師として、理論の側で何か発見した事はありますか?

大学で教えていると自分の為にもなりますね。

僕が教えている分野(企業経営、経営情報システム)はテキスト通り教えるものでは無いんです。

技術そのものは新しくなってないけれど、技術の使われ方が新しくなっているから、若い人は社会に慣れてしまった僕らが思ってもいなかったような使い方をする。学生さん達がどんな風にツイッター使ってるか。とか僕らも勉強になるし、だから会社で仕事しているのとは違う面白さがあるんですね。

――今の大学生に向けて何かありましたらお願いします。これから仕事をするにあたって一番大切なことはなんだといますか?

 

会社に入ってしまうと会社の仕事が中心になってしまうから、今から物事において何が正しいとか決めつけない方がいい


『大学で勉強する』っていうのは多分高校までとは違う。高校までの勉強は答えがある。受験もそうだし。

でも大学での勉強の意義っていうのは、答えが無い事をああでもないこうでもないと考えてみんなで答えを探していくことだと思うし、『答えが出ない事を我慢する、短絡的に答えを求めてしまわない。』答えが出ない事を我慢して、考えることは大変な事だと思う。

人間は、こっちが正しい。これしかやらない。と決めてしまった方が動きやすいんですよね。色んなものを観たほうが、色んな事に簡単に答えを出さないような我慢が出来るようになると思います。
その為に一つに絞らないでいろんな物を見て経験してほしいですね。

――最後に浜屋さんが例え話を用いて視野を広げる大切さを説明してくださいました。

例えば、自分の専門分野があって、それが幅50cmの道だとする。


その幅50cmの事を凄く大事にやるのも大事。でもその道しか見れてないと、この50cm幅の上を歩くっていうのは凄く大変。

「私のやりたいことはその50cmだけなんだけど他のこともやってみます」ってなるとその幅が2m位に広がる。視野に入ってくる。

自分のやりたいことじゃないかもしれないけどやってみる。2m幅の道があってその上を50cmの幅で歩いた方がずっと歩きやすい。


だからあんまり自分のやりたい事にこだわりすぎると可能性を摘んでしまう。
学生のうちから答えを出すのはまだ早いと思うんです。


『自分をはっきり説明できるように』とか『自分を持て』っていうのは確かに大切なことだけど。でも、自分が何かなんて誰も分からないし、それは自分が答えを出すものではなくて
いろんな社会との関係性の中で決まっていくものだと思うんですよね。

あまり自分の可能性を閉じてしまったり自分の道を一本に絞ってしまわないようにしてください。

 

【文・写真…鈴木円香】